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頑張る前に、受け取ることを思い出す

週のはじめ、ふと立ち止まって「自分は何によって支えられているだろう」と考えることがあります。忙しさの中では、頑張ることこそが正義のように感じられます。けれども、努力や成果の積み重ねだけでは、なぜか心も体も枯れていくときがある。そんなとき、もしかしたら私たちは「リソース」に気づかないまま走っているのかもしれません。ここでいう「リソース」とは、モノやカネのような見えるものだけではなく、エネルギーや時間だけでなく、眠り、静けさ、他者の存在、あるいは信仰そのものといった、見えないところで与えられているものを指します。今週は、この「与えられたリソース」にあらためて目を向けたいと思います。


リソース、気づいてますか?

ふと読んだ聖書の箇所から気づかされた話で、今週をはじめます。

肉の行いは明白です。淫行、汚れ、放蕩、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、怒り、利己心、分裂、分派、妬み、泥酔、馬鹿騒ぎ、その他このたぐいのものです。以前も言ったように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはありません。これに対し、霊の結ぶ実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制であり、これらを否定する律法はありません。

『ガラテヤの信徒への手紙』第5章19節〜23節(聖書協会共同訳)

これも有名な聖書の箇所です。そして、あまりにも印象的な対比です。

  • 「肉の行い」の例 : 淫行、汚れ、放蕩、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、嫉妬、怒り、利己心、分裂、分派、妬み、泥酔、馬鹿騒ぎ、その他このたぐいのもの

  • 「霊の結ぶ実」の例 : 愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制

そして、この2つが対比されていることから、私たちは「肉の行い」を悔い、改めたくなってしまうのですが、きょう、はっとさせられたのは、この「霊の結ぶ実」を「結ぶようにしなさい」とは、どこにも書かれていないということでした。

ところで、キリスト教の信徒や牧師や教会が不祥事を起こしたときによく見かけるのが「神の栄光を汚すことをしてしまい」という言葉です。

確かにそのような不祥事が「神の栄光を汚す」ことそれ自体は否定できません。ではその反対は、どうなのか。「神の栄光をあらわす」ために自分たちの行いが必要になってくるのか。対比的にそう考えがちですが、実はそこは対比にはなっていないという見落としがあるのです。

そして、「神の栄光をあらわさなければならない」とばかりに、よいことをしようと頑張ってしまうことは、危険なのです。

なぜ危険か。それは単純に、「リソースが枯渇するから」。

私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何もできないからである。

『ヨハネによる福音書』第15章5節(聖書協会共同訳)

聖書ではよく「ぶどう」がたとえに使われますが、人ひとりひとりはぶどうの枝だと表現されることがあります。根から吸い上げられた養分が流れるのが枝です(「光合成は?」と言われそうですが、光合成の発見は近現代のことなので、たとえの中では光合成は考慮されていません)。ひとりで頑張ってよいことをしようとするのは、根から吸い上げられた養分を使わずに、自分で根のように養分を吸い上げようとすることに似ている、というわけです。

そして思い出しました。

このところ、よいことをしようとするあまり、神を離れて頑張ってしまっていたところはなかったか。特に、神が人間に必要なものとして与えられたはずの眠りを忘れてはいなかったか。

空しいことだ
朝早く起き、夜遅く休み
苦労してパンを食べる人々よ。
主は愛する者には眠りをお与えになるのだから。

詩編127編2節(聖書協会共同訳)

そうなんです。このころにどこまで科学的な知識があったかは分かりませんが、ここに書かれた「空しいこと」をしてしまっていた、というのが反省でした。眠りは、神からのリソースといえます。

自分に与えられているリソースに気づくことは、案外難しいものなのかもしれませんが、見渡す余裕は、どうか、持ちましょう。

今週の予定

仕事

月曜日は休みですが、火曜日がいきなり山場です。睡眠を最優先しましょう……

来週は休みをどこかでとりたいので、調整が必要そう。

note

昨日で25週間(175日)連続投稿、今週継続すれば182日連続投稿になりますから、ほぼ半年継続です。

交際

今週は特に予定がありませんが、来週送別会があります。

片付け

月曜日、出かけるかどうか迷ったのですが、片付けに時間をまわすことにしました。

ITパスポート試験

勉強をはじめます。

その他

手続きしたいことがひとつあるのですが、タイミングをはかりかねています。困ったな……

今週のテーマは「与えられたリソースに気づく」

私たちは、何かを「成し遂げよう」とするあまり、自分の力だけで頑張ってしまうことがあります。けれども、聖書の言葉が示すように、枝が根から養分を受け取るように、私たちもまた、見えないところから日々支えられています。眠り・食事・友情・静かな時間──これらはすべて、与えられたリソースです。欠けてからようやくその価値に気づくものも多いですが、気づいたときにはすでに枯渇していることもあります。だからこそ、「今あるもの」を意識して受け取る姿勢を大切にしたいと思います。頑張ることよりも、委ねることからはじまる一週間にしていきたいものです。

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