マネ×ゴト Vol.2 - 真似と成長
世の中には、最初からうまくやれる人もいれば、そうでない人もいます。私は圧倒的に後者で、何事も手探りから始まり、だいたいは最初に大きな間違いを犯して右往左往しながらようやく形になるタイプです。そんな私でしたが、情報セキュリティを中心に、ひとつの専門性を身につけることはできました(さすがに私が、得意なものは何もなくて、と言ったりしたら、逆にそれは不遜なことだと思います)。
恵まれていることだとは思います。では何が恵まれていたかと振り返ってみると、素敵な人との出会いがあったことは大きいといえるでしょう。素敵な人は、真似したくなるものです。そして、自分が進んできた道には、すごいと思える人、素敵な人がたくさんいました。意識をしたりしなかったりはありますが、振り返ると、自分のよいところの多くは、誰かの真似事なのではないでしょうか。きょうは、そのような話をします。
実は、「マネ×ゴト」の「マネ」は「マネー」や「マネジメント」の前に、「真似」なのです。
真似は最短の成長ルート
なにかを上達しようとするとき、人はよく「経験が大事」と言います。たしかにそうなのですが、その「経験」をただ闇雲に積んでいくよりも、既に成果を出している人のやり方をそのまま模倣する方が、はるかに早く成果につながる場合が多いのではないでしょうか?
たとえば、会議資料を作ることを考えます。構成の順番や色使い、話の持っていき方、引用の使い方……。全部ゼロから考えると時間がかかりますし、どうしていいか分からなくなることもあります。
あなたにも、そのような経験はないでしょうか?
そういうとき、自分がすごいと思っている人の資料をトレースしてみると、自分の手癖との違いや足りない視点に気づくことがあります。
真似をすることで、自分の中にない「型」が入り込みます。その型はときに、自分の限界を押し広げてくれるものにもなります。そして、何度も真似ていくうちに、自然と自分なりのアレンジが加わってくる――。そうやって、自分の「やり方」が育っていきます。
真似は成長の証――仕事を通じた実感
「真似」と聞くと、オリジナリティの欠如や他人依存のような印象を受けるかもしれません。しかし、真似をするということは、それ自体が実は大変なことです。「真似したくても真似できない」という言葉があるように、真似できるということは、それだけの能力があり、モノにできる見込みがあるということです。だからこそ、真似こそが仕事の生産性や質を大きく引き上げる最強の手段なのです。
私が以前仕事としていた脆弱性診断は、ひとつひとつの作業に非常に時間がかかる仕事で、実際には時間との勝負です。脆弱性診断は、顧客の要望に応えてシステムを攻撃する――そんな自由な仕事に見えるかもしれません。しかし実際には、納期があり、同時に網羅性も求められます。つまり、時間がないからといって手を抜くことができません。さらに、顧客のシステムを破壊したり、迷惑をかけたりしないよう、正確性も求められます。当然、最初から手早く、かつ網羅性と正確性のある仕事ができたわけではありません。
幸いにして、真似したいと思う人は周囲にたくさんいましたが、前述の通り、そういう人の真似をすることは簡単ではありませんでした。とはいえ、ただ真似るだけでは、自分の仕事に元々あったよさを失ってしまうかもしれません。だからこそ、「どう真似るか」には工夫が必要です。
いまでも、あのとき憧れていた人たちに完全に追いつけたとは思いません。でも、少なくとも、以前の自分とは比べものにならないくらい成長できたのではないかと思います。最終的には、特定のウェブサイトだけに潜む脆弱性だけではなく、一般に流通しているソフトウェアの脆弱性も見つけることができるようにはなりました。また、いま仕事をしていて、周囲からよい評判をいただくときの多くは、そのときの真似であったことが多いように思います。
そう考えると、いまの自分の基礎を形作ってくれたのは、やはり「あのときの真似」だったのだと実感します。真似は、ただの模倣ではなく、成長の確かな足がかりなのです。
真似したい人を見つける力
成長のために、大切なのは、「誰を真似るか」です。身近な上司や同僚でもいいと思いますし、本で読んだり動画で見たりした知らない誰かでもいいのですが、とにかく「この人、いいな」と思える人を見つけること。そして、その人のどこを真似したいのか、何に惹かれているのかを具体的にしてみることは、必要です。
たとえばあの人は、メールの文章が柔らかい。
たとえばあの人は、的確で厳しいけれど相手が快く応じるような指摘ができる。
たとえばあの人は、本質的な点に集中して意思決定ができる。
そして、たとえばあの人は、作業する人を一切迷わせることのない分かりやすいマニュアルを書く。
こうした観察と模倣を繰り返していくうちに、自分の中に小さな「なりたい自分像」が育ってきます。
あるいは、一人でも「この人だけは別格」と思える強烈な存在がいれば、その人を指針にするのもよいでしょう。
いずれにしても、「真似したい人」が周囲にたくさんいる環境は、自分を大きく成長させてくれる土壌になります。
真似するところを見つける力
若い頃は、目を見張るような先輩や上司が、あちこちにいたものです。そのような人たちとの間に、圧倒的な差を感じることも多かった。でも年を重ねていくと、いつの間にか「真似したい人がいない」と感じる瞬間が増えてきます。
これは、自分の成長が止まりかけている危険な兆候かもしれません。というのも、自分がある程度の「型」を持ってしまったことを意味する場合もあるからです。他人のよいところが、目に入らなくなっているのかもしれません。
だからこそ、年をとってからこそ「真似したい人を見つけよう」という意識が重要になってきます。もし、40代、50代になってからも「うわ、この人すごいな、真似したいな」と思える人に出会えたら、それはとても幸せなことです。もしいなければ、「一部分でも真似したい」と思える相手を探してみましょう。若くてもすごい人はいますし、私やあなたが普段指導している相手に、真似したいところを見つけることができるかもしれません。
実はこうして気づくことこそが、「真似するところを見つける力」の大切さなのです。
ですから、きょうはこのように書いて、文章を締めたいと思います。
真似できるということは、成長できるということ。

