変われる50台──芯を持ちながら、しなやかに生きたい
年齢を重ねるほど、「変わること」は難しいと感じるものです。積み重ねてきた経験や価値観は、私たちを支える一方で、新しい考え方を受け入れる妨げにもなります。
しかし、もし50台になってもなお変わることができるのだとしたら、それは大きな強みではないでしょうか。変化とは、過去を捨てることではなく、これまでの自分を土台に再構築していくこと。
しなやかに自分を更新していける50台こそ、成熟と柔軟さを両立する時代の担い手なのだと信じてみましょう。
「変われる50台」としての強みを考える
最近、50台に入っても変われるのだとしたら、それは強みなのではないか?と考えるようになりました。
というのも、「変われる」というのは、年齢を重ねるほど難しくなるものとして語られますし、要因はいろいろあると思いますが、実際そうだと思います。「変われる」うえでの、自身に潜む「障害」をどう取り除いていくかが、問題になりそうです。
年齢を重ねるとは、「積み重ねる」ということでもあり、「固定化されていく」ということでもあります。そうでないと困る一面があります……だって、50台になって芯のひとつもなさそうな人というのは、ちょっと変ですよね? 生きてきた時間の分だけ、思考の癖や価値観の骨格が強固になっていくことは、よくも悪くも、現実です。
また、カルト宗教にハマっていた人が「正常な」思考を回復して社会に復帰するには、カルト宗教に入っていた年数と同じだけの年数がかかる、と言われています。長年にわたって特定の世界観に浸ってきた人がそれを手放すには、単に「気づく」だけでなく、「染みついたものを脱ぎ取る」ような長い過程が必要になるからでしょう。その過程が「元いた場所に戻る」のではなく、新しい場所に「再び根を張る」ことを意味しているのだとすれば、変わるとは、再構築そのもの。そう考えると、「変われる」という能力は、自分の中の「抵抗」や「障害」を自覚しつつ前へ進むことができる、という能力なのかもしれません。
さらに。
価値観の骨格が強固になっていくことは、それ自体は悪いことではありません。ですから、烏滸がましい書き方ですが、「健全な」信仰と信条までも手放す必要はないはずなのです。
強固な芯を持ちつつ自分を変えていく、そんな生き方はできるのでしょうか?
そんなことを考えながら出会ったのが、『ルカによる福音書』2章に出てくるシメオンとアンナのことです。一般的には、2人とも老人とされています。なお、シメオンについては「主が遣わすメシアを見るまでは死ぬことはない、とのお告げを聖霊から受けていた」とあるだけで、高齢であったとか具体的な年齢が書かれていたというわけではありませんが、若い人だったとも考えにくいでしょう。
この2人に関する記述は短いのですが、とても特徴的です。
その時、エルサレムにシメオンと言う人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。また、主が遣わすメシアを見るまでは死ぬことはない、とのお告げを聖霊から受けていた。この人が霊に導かれて神殿の境内に入った。そして、両親が幼子イエスを連れて来て、その子のために律法の定めに従っていけにえを献げようとしたとき、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
「主よ、今こそあなたはお言葉どおり
この僕を安らかに去らせてくださいます。
私はこの目であなたの救いを見たからです。
これは万民の前に備えられた救いで
異邦人を照らす啓示の光
あなたの民イスラエルの栄光です。」
父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いた。シメオンは彼らを祝福し、母マリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。剣があなたの魂さえも刺し貫くでしょう。多くの人の心の思いが現れるためです。」
また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年を取っていて、おとめの時に嫁いでから七年間、夫と共に暮らしたが、その後やもめになり、八十四歳になっていた。そして神殿を離れず、夜も昼も断食と祈りをもって神に仕えていた。ちょうどその時、彼女も近づいて来て神に感謝を献げ、エルサレムの贖いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを語った。
シメオンは「霊に導かれて」、アンナは「近づいて来て」、ですから、ある意味では2人とも、まるで吸い寄せられたように幼子イエスのもとに来たわけです。といっても、自分の意思に反しているわけでもありません。よく、「クリスチャンには聖霊が与えられる」といいますが、超自然的な力に強制的に動かされているというわけではないのです。つまり、自分の意思に反して行動させられるというわけではないのです。
ということは、自分の信条や信念や意思といったもの自体で、聖霊という他者を受け入れている・受け入れつづけている、ということなのではないかと、考えるのです。
今週の予定
仕事
エラーとの格闘になりそうです。正直いうと、クラウドはエラーの発生原理が分かりづらいなと思います。
ところで、今週は(1)残業をなるべくしないようにしましょう(2)前日のうちに翌日の計画を立てましょう、を「凡事徹底」していきたいところです。
note
祝日が入るので、ペースを狂わせないようにしたいところです。
交際
これといったイベントはありません。
片付け
なかなか時間が取れません……
ITパスポート試験
過去問題集を解きまくる予定。
その他
金曜日の夜に大事な予定があります。
今週のテーマは「『変われる50台』という強みを目指して」
年齢を重ねると「変わりにくくなる」と言われます。それは、経験を積み、価値観の骨格が固まっていく自然な流れでもあります。けれども、その中でなお「変われる」自分がいるなら、それは立派な強みではないでしょうか。
変わるとは、これまでの自分を否定することではなく、積み重ねてきた思考や信念の上に新しい柔軟さを築くこと。言い換えれば、「芯を持ちながら動ける」力です。50台は、過去と未来の両方を見据えられる年代。
長く生きてきた分だけ自分の「抵抗」も知っているからこそ、それを意識して超えていけるのです。変われる50台は、成熟と更新を両立させる、しなやかな世代なのかもしれません。
