自分あらば「好き」語り・その34──スリーピースのスーツ
以前もどこかで書いた気がしますが、実は私はスーツが好きです。それも、いわゆるビジネススーツ一般というより、スリーピースのスーツが好きです。
スーツが好きだと言うと、少し意外がられることがあります。ITやセキュリティの仕事をしている、いわばコンピューターギークの一種としては、確かにスーツはあまり結びつかないイメージかもしれません。パーカーにジーンズ、スニーカー、そんな服装のほうが「それっぽい」と思われがちです。実際、そうした格好をしている同業者もたくさんいますし、それが悪いとも思いません。
それでも私は、スリーピースのスーツに袖を通すと、どこか落ち着くのです。
スリーピースという選択
スリーピースのスーツには、どこか「本番はイギリスです」とでも言いたくなるような雰囲気があります。もちろん、スーツそのものの起源や発展には諸説ありますし、現代のスーツは各国の影響を受けて洗練されてきました。それでも、ベストを含めた三点構成のスーツには、英国的な空気が色濃く残っているように感じます。
ジャケットとパンツだけのツーピースも悪くはありませんが、ベストが一枚加わるだけで、全体の印象は大きく変わります。体幹が一段引き締まる感じ、装いとして「完結する」感覚。私はその感じが好きなのだと思います。
いま私が着ているのは、鉄紺の無地、段返り三つボタンのスリーピースです。サイドベンツ仕様で、これを三着用意してローテーションしています。まったく同じ仕様のものを、三つです。

サイドベンツに込めた、少しだけの意味
サイドベンツを選んでいる理由は、実用的な面もありますが、実は少しだけ個人的な意味も込めています。
サイドベンツは、もともと「剣を吊るすための切れ込み」だと言われることがあります。もちろん現代日本で剣を帯びることはありませんし、私も丸腰です。それでも、剣道を嗜んでいる身としては、その由来を知ったとき、妙に腑に落ちたのです。
剣を持たずとも、型や精神性だけはどこかで引き継いでいる。そんな気分になる、と言ったら大げさでしょうか。実用性とは別のところで、サイドベンツという仕様が自分の中で意味を持ってしまった、というだけの話です。
同じスーツを三着持つということ
同じスーツを三着、というと、少し奇妙に思われるかもしれません。
「なぜわざわざ同じものを?」と聞かれることもあります。
理由はいくつかあります。
ひとつは単純に、考える手間を減らしたかったからです。朝、今日はどれを着ようかと迷う時間を減らしたい。もうひとつは、ローテーションによってスーツを長持ちさせるため。そしてもうひとつは、人の真似です。
私が知る、そして尊敬しているエンジニアの何人かが、スーツを着ています。それも、毎日ほとんど同じようなスーツをです。
「エンジニアはスーツを着ない」というステレオタイプとは裏腹に、彼らは淡々とスーツを着て、淡々と仕事をしています。その姿が、私にはとても格好よく見えました。
スーツを着ること自体が目的ではなく、スーツを着ている状態が日常であること。その感じに、少し憧れたのだと思います。
スーツは万能である、という話
スーツの起源は、ラウンジスーツにあります。つまり、もともとは楽な服装だったということです。それ故、スーツは本来、過ごしやすい服であるはずです。
漫画『マスターキートン』の知識「砂漠ではスーツがいい」を思い出す方が、いらっしゃるかもしれません。万能服としてのスーツ。あの話を読んだとき、私は妙に納得しました。
現代では、スーツはフォーマル寄りの服として位置づけられることが多く、冠婚葬祭やビジネスの場に限定されがちです。しかし、本来はもっと生活に近い服だったはずです。
私はいま、冠婚葬祭も、普段着も、すべてこのスリーピースで通しています。もちろん場に応じてネクタイを締めたり外したりはしますが、「スーツだから特別」という感覚は、あまりありません。
少し気取っていた頃の自分
思い返せば、昔の私は、スーツに対して少し気取っていたと思います。いわゆる「少しお高め」のスーツを好み、素材や仕立てを語れる自分に、どこか酔っていたところもありました(正直、かなり恥ずかしい……)。
ところが、コロナ禍です。外に出る機会が減り、スーツを着る頻度は一気に落ちました。久しぶりにクローゼットを開けたとき、そこで待っていたのは、カビでした。
ショックではありましたが、同時に、どこか吹っ切れた気もしました。
「これはもう、いったん全部捨てよう」
そうして、いったんはスーツをすべて手放しました。
再出発としての3着
これではいけない、と思ったのは、それから少し経ってからです。
ちょうど気になるスーツがあり、思い切って同じ仕様のものを3着、揃えました。
最初のうちは、ときどき着る程度でした。ところが、今年、急に寒くなった頃合いから、毎日スーツに移行しました。理由ははっきりしていません。ただ、そのほうがしっくりきたのです。
私は内勤なので、ネクタイはあまりしません。ドレスシャツではなく、ハイネックのシャツを合わせることもあります。足元はドレススニーカー。荷物が多いので、30リットル入る黒のリュックを背負っています。
いわゆる「正統派」からは外れているかもしれませんが、いまの自分の生活には、この組み合わせが合っています。
手洗いのスーツという現実
いま着ているスーツは、ウォッシャブル仕様です。裏地にはプリントが入っていて、これがなかなか気に入っています。
その代わり、洗濯機には入れられず、基本は手洗いです。約3ヶ月に一度、あるいは大きく汚したときに、風呂場で洗います。少し手間はかかりますが、その手間も含めて、スーツとつきあっている感じがします。
没個性と言われる服だからこそ
スーツは、没個性の象徴のように言われることがあります。みんな同じに見える、自由がない、そんな言われ方です。
けれども実際には、細部を積み上げていく楽しさがあります。ボタンの数、ベンツの仕様、インナー、靴、バッグ。少しずつ自分なりの「いつもの形」ができていく。
スーツの由来や歴史、堅苦しいプロトコルも、知ろうと思えばいくらでもあります。そうした知識をある程度踏まえたうえで、あまり縛られすぎず、身の丈に合わせて着る。そうすると、スーツは毎日でもいい服になります。
スリーピースのスーツと、いまの自分
スリーピースのスーツを着ているからといって、何者かになれるわけではありません。ただ、少なくとも、いまの私はこの服装で、落ち着いて日々を過ごせています。
剣を吊るすことはなくても、背筋は少し伸びる。
気取らず、だらけすぎず、淡々と。そんな距離感で付き合えるようになったからこそ、いま、私はスリーピースのスーツが好きなのだと思います。

