『チェンソーマン』から学べ、生きる意味と情熱
人はなぜ生きるのか。
この問いに、即座に答えられる人が、どれだけいるだろう。
生きる意味を見失ったまま、目の前の仕事をこなし、いつのまにか日が暮れる。情熱を燃やし尽くして、心にぽっかりと穴が開いたまま、惰性で動き続ける。
そんな私たちに、「チェンソーマン」は語りかける。
主人公・デンジの人生は、生きる意味を探す旅だった。でも彼は、最初から崇高な理想を抱いていたわけじゃない。ヒーローになりたいとか、世界を救いたいとか、そんなキラキラした夢じゃない。
彼が欲しかったのは、ジャムのついたパン。
ただそれだけだった。
ご飯を腹いっぱい食べること。
温かい布団で寝ること。
胸を揉むこと。
そんな、しょーもなくて、でも誰よりも切実な欲望を叶えるために、彼は悪魔と契約し、命を削りながら戦った。
一見すると滑稽だ。
だけどそれは、私たちの日常と、何が違うのだろう?
資格取れば昇進できるって?先に昇進するのは、上司が可愛がってる要領いい後輩。
家を買えば家族が幸せになる?今、誰もリビングには誰もいないのに?
努力は報われる?あの努力で壊れた人間に言うのか?
満たされたはずの夢は、意外と空っぽだった。
手に入れたら、終わりじゃなかった。
欲望ってのは、満たされた瞬間に、新しい顔でやってくる。
「女の胸を揉みたい」
そんなくだらない願望も、叶った瞬間に、次の欲望に変わる。
「次はもっと気持ちいいことを」
「次は、もっとちゃんとした愛を」
そうやって、欲望は常に逃げ水みたいに遠ざかる。
求めても、求めても、決して満たされない。
それが人間の性(さが)なんだ。
デンジもまた、その渦に巻き込まれていく。
あるときは誰かに認められたくて、
あるときは愛されることを夢見て、
マキマという存在に全てを預けてしまう。
「この人に選ばれたい」
「愛されたい」
それが彼の生きる意味となった。
でも、幻想だった。
マキマは彼の憧れや愛を、冷酷に踏みにじった。
人の想いを踏みにじっても、平然としていられる人間は、この世に確かに存在する。
悲しいけれど、それが現実だ。
でも、そこで終わらなかったのがデンジだ。
彼は再び、立ち上がる。
彼を救ったのは、マキマじゃなかった。
どこか頭のネジがぶっ飛んでる、でも世界でたった一人の相棒のパワーだった。
彼女は死に際にこう言った。
「デンジ、おまえはオレを探して生き返らせろ!」
命令のようでいて、願いだった。
それが、デンジにとっての新しい意味となった。
……でも、それすらも、たぶん建前だ。
彼は知っていた。自分が本当に望んでいるものは、もっと単純なものだって。
「パワー…お前とまた…ハンバーガー食いてえ…」
そのセリフには、すべてが詰まっている。
友達と一緒に、何も気にせずハンバーガーを食べる。
くだらない話で笑って、ソファでうたた寝して、起きたらアイスを食べて。
そんな、どこにでもあるはずの、でも誰もが見失いがちな日常。
それこそが、生きる意味だったのかもしれない。
じゃあ、今を生きてる私たちはどうすればいい?
生きる意味がわからない。
それなら、素直な欲望を口に出してみればいい。
仕事行きたくない? 行かなくていい。
休んだって、辞めたって、生きてりゃいい。
お金ない? カップラーメンでいいじゃん。
育児が辛い? 完璧なんて捨てちまえ。
疲れた夜は、お菓子が晩ごはんだっていい。
悪いことをしよう。アンタの心が壊れるより、ずっとマシだ。
「誰かのために生きる」なんて、綺麗すぎる建前はいらない。「夢を持て」「頑張れ」なんて、捨てちまえ。
パンが食いたい、胸が揉みたい、ハンバーガーが食いたい。そのくらいで、生きてていいじゃねえか。
チェンソーマンは、そう言ってた。そして今、私もそう思うよ。
もういい、ハンバーガー食って笑おうぜ。
生きてるだけでえらい? そんなもん信じてねえけど。
でも、食って、寝て、たまに笑って、次の日また息してたら、
それだけでいいじゃんって、思えたらちょっと勝ち。
でも思えなくても、まだ負けじゃねぇから、な?
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