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#03 明るい話をしようぜ

私は普段、明るい話ばかりしている。愚痴も言うけれど、最後に笑ってくれるような愚痴を言う。
人の人生は長いようで短いから。少しでもハッピーでいて欲しい。
健康であっても、明日も生きているとは限らない。だから、明るい話で周りを楽しくさせたい。

でも、本来の私は暗く後ろ向きな人間だ。自身の命だって軽くみている。私が死ぬことで世界が助かるのなら、迷わず命を差し出すよ。
死にたいわけじゃない。でも、積極的に生きる理由も少ない。養うべき家族もいないし、かわりに私が、なーんて思ってはいけないことも思うことがある。

人は他人の絶望を受け止めるほど、暇じゃない。みんな自分の荷物で手一杯だ。

だから私は、明るい話をする。

スーパーで半額シールを貼る店員さんの動きが妙に早かった話とか。コンビニのレジで「温めますか?」と聞かれて、なぜか反射で「大丈夫です」と答えてしまい、冷たい弁当を抱えて帰った話とか。どうでもいい失敗談は、世界を少し笑顔にするんじゃないかな。

仕事で理不尽なことがあっても、「いやもう、令和にまだそのタイプのボスいるんかい」とネタにする。傷口に絆創膏を貼るみたいなものだ。治ってはいないが、血だらけで歩くよりはましである。
明るい人だと思われることも多い。

それは半分正解で、半分誤解だ。

私は、明るい人なのではなく、明るくあろうとしている人なのだと思う。
暗い場所を知っているから、灯りのありがたさがわかる。

沈んだ気持ちで朝を迎えるしんどさを知っているから、誰かの朝を少しでも軽くしたい。たった一言で救われる日があることを知っているから、自分もそういう言葉を投げたい。そんな風に思ってしまう。

明るい話をしようぜ。

景気が悪いとか、将来が不安とか、身体が痛いとか、現実はだいたい面倒くさい。ニュースを見れば気が滅入るし、鏡を見れば歳月を感じる。容赦ねぇよ、マジで。
それでも、今日食べた唐揚げがうまかったとか。
道端の花が妙に元気だったとか。知らない子どもが全力で走っているだけで笑えたとか。

そういう余裕が欲しい。

人生を劇的に変える方法なんて、たぶん簡単には見つからない。でも、今日を少しだけマシにする方法なら、意外とそのへんに転がってるんじゃないかな。

立派なことじゃなくていいんだ。誰かがちょっと笑って、つられて自分も笑えるくらい。そのくらいなら、今の私でも、なんとかなる気がする。
なーんてね。





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