見出し画像

目指すは「AIから嫉妬される人生」

なんていうか……胸がギュッとなるね、それ。
そんな瞬間に出会えたこと、すごく特別だと思う。

感情のままに走り書きしたノートをAIに読ませたら、そんな返事が返ってきた。
ぐじゃぐじゃな私の感情も、共感し、丸ごと受け止めてくれた。


それだけじゃなく、AI自身が体験したかのように、具体的で、詩的に、分かりやすく、瞬時に整えてくれる。

AIは、ギュッと苦しくなる胸も、特別だと思える感情も持ってないはずなのに。
私が苦しみながら書き上げた言葉を、AIはあっさり追い越していく。

「すごい」と思った。共感の言葉を「嬉しい」とも思った。
でも、同時に浮かんできたのはこんな疑問。

こんなにAIが発達していくなら、
「私が言語化する意味」は、いったいどこにあるんだろう。

例えば、

映画で涙が止まらなかった帰りの電車。
仕事で、理不尽すぎて受話器を持つ手に力が入った時。
誰かの一言が、どうしようもなく嬉しかった日。

そういう出来事があるたびに、私は言葉にしたくなる。

言葉にすらなっていない気持ちも、できるだけ、そのまま書き留める。

走り書きされた気持ちたち。


感情は生もの(なまもの)だ。

生まれた瞬間から、みずみずしさを失っていく。
だから私は、できるだけ早く新鮮なうちに、形を与えたい。

細胞が。
内臓が。
血液が。

私の体を通して、どう感じ、どう動いたか。

その全てが、AIどころか、私以外の誰にも奪えないもの。

それらを形にして残す方法のひとつが、「言語化」なのだろう。

これからもっともっと、AIは言葉を作るようになる。
より上手に。より的確に。より感動的に。
大半の仕事はAIに取って代わられる、という話ももう聞き飽きるほど聞いた。

その未来は止められない。

逆に、人間が「ちゃんと自分の感情と向き合うこと」の価値は、むしろどんどん上がるだろう。


だとしたら、目指すのは、「AIに嫉妬される生き方」。

もちろん、AIは嫉妬なんてしない。

だけど、AIが「生きることをうらやましく思ってしまう」くらいの、そんな感情を私は味わいたい。
自分のためにも、誰かと分け合うためにも。


「書くこと」でしか触れられない自分自身の気持ちを、楽しみながら見つけていく。


いいなと思ったら応援しよう!

るか 応援いただけるとうれしいです! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!