目指すは「AIから嫉妬される人生」
なんていうか……胸がギュッとなるね、それ。
そんな瞬間に出会えたこと、すごく特別だと思う。
感情のままに走り書きしたノートをAIに読ませたら、そんな返事が返ってきた。
ぐじゃぐじゃな私の感情も、共感し、丸ごと受け止めてくれた。
それだけじゃなく、AI自身が体験したかのように、具体的で、詩的に、分かりやすく、瞬時に整えてくれる。
AIは、ギュッと苦しくなる胸も、特別だと思える感情も持ってないはずなのに。
私が苦しみながら書き上げた言葉を、AIはあっさり追い越していく。
「すごい」と思った。共感の言葉を「嬉しい」とも思った。
でも、同時に浮かんできたのはこんな疑問。
こんなにAIが発達していくなら、
「私が言語化する意味」は、いったいどこにあるんだろう。
*
例えば、
映画で涙が止まらなかった帰りの電車。
仕事で、理不尽すぎて受話器を持つ手に力が入った時。
誰かの一言が、どうしようもなく嬉しかった日。
そういう出来事があるたびに、私は言葉にしたくなる。
言葉にすらなっていない気持ちも、できるだけ、そのまま書き留める。

感情は生もの(なまもの)だ。
生まれた瞬間から、みずみずしさを失っていく。
だから私は、できるだけ早く新鮮なうちに、形を与えたい。
細胞が。
内臓が。
血液が。
私の体を通して、どう感じ、どう動いたか。
その全てが、AIどころか、私以外の誰にも奪えないもの。
それらを形にして残す方法のひとつが、「言語化」なのだろう。
*
これからもっともっと、AIは言葉を作るようになる。
より上手に。より的確に。より感動的に。
大半の仕事はAIに取って代わられる、という話ももう聞き飽きるほど聞いた。
その未来は止められない。
逆に、人間が「ちゃんと自分の感情と向き合うこと」の価値は、むしろどんどん上がるだろう。
だとしたら、目指すのは、「AIに嫉妬される生き方」。
もちろん、AIは嫉妬なんてしない。
だけど、AIが「生きることをうらやましく思ってしまう」くらいの、そんな感情を私は味わいたい。
自分のためにも、誰かと分け合うためにも。
「書くこと」でしか触れられない自分自身の気持ちを、楽しみながら見つけていく。
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