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望月と望月じゃないほうのわたし。


短いエッセイの寄せ集めです。



汁物の飲み方

具材のたっぷり入った味噌汁やコンソメスープなどを飲むとき、いつも具だけをきれいに食べて、汁をほとんど残す夫。「毎回汁残してるよね。それって、減塩の観点からいうといいよね」と言ったら、「でも俺、コーンポタージュとかは全部飲むんだけどね~」と真顔で言われて、うちの夫はやっぱりど天然かもしれない冬。


英単語の小テストとコンポタ

コーンポタージュスープと言えば、そうだ思い出した。高校生の頃、学校の自販機にコンポタがあった。どちらが言い出したのかは覚えていないけど、クラスの男友達と「英単語の小テストで勝負して負けた方がコンポタをおごる」という約束をして、そのときだけちゃんと勉強して勝利をおさめ、その放課後、わたしはほかほかのコンポタを受け取った。なんかこれだけのことが、いまとても眩しい。疑いようのない青春。青春を濃縮したら自販機のコンポタになるのかもしれない。クラスメイト、英語の小テスト、放課後。いまのわたしには全部なくて、でも目の前に、皿に入った熱々のコーンポタージュをおいしそうに飲み干す夫がいる。


手が震えるほど欲しい食べ物

ミックスベジタブルのグリーンピースをスープに入れて夕飯に出したら、「珍しい!〇〇ちゃん(わたし)グリーンピース嫌いじゃないかった?」と驚かれて、そうその通り。わたしはグリーンピースが苦手だから普段はあまり料理しないのだけど、「たまにはいいかなと思い使ってみた」のだと答える。夫はグリーンピースが好きなのか、と問うと返事は「手が震えるほど欲しい食べ物ではないけど嫌いじゃないよ」。手が震えるほど欲しいという表現がなかなか面白いなと思って、「むしろ、手が震えるほど欲しい食べ物ってなに?」と深堀りすると、「え~わからない」「わからないってことはないでしょう!」「う~ん、寿司とかかなあ…」。また妻のめんどくさい深堀りが始まった…という顔をしている夫に、「あなたはほんとに寿司を食べたくて手が震えるんか?」とさらに問い詰めると「震えない、もうなし!手が震える食べ物なんてありません!取り消します!」。すまんね、夫。手が震えるというのは誇張した言い方であって、西野カナ的な表現なのだろうとわかっていたけど、面白かったからついいろいろ聞きたくなったんだよ。いつもめんどくさくてすまんね。


望月と望月じゃないほうのわたし

もう2年くらいずっと、望月と望月じゃないほうのわたし、という感覚を持って生きている。じゃないほうのわたしは現実世界を生きている立体的な顔のついたわたしで、望月のわたしはnoteの中のわたし。そのふたつを頭の中で行ったりきたりするようになって、心と体は楽になった。ほんとうは名前を統一してしまった方が書き手としてやっていくにはいいとわかっていて、そうすれば仕事が広がるだろうし、本のこととかいろいろ宣伝もできるしと考えはするものの、でも結局踏ん切りがつかないのはそれが理由なんだよな。じゃないほうが悩んでぐったりしているときに、望月のほうがなんやかんやとnoteを書いて発散してくれる。いまこの瞬間がまさしくそう。じゃないほうが過去の失敗をうじうじ言い出したので、最近のどうでもいい話でも書いて気分を変えることにした。こうやって、ペンネームを被ってやり過ごす夜が、今年もきっといくつかあるんだろうね。今年もよろしくお願いします。


おわり


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