石尾根縦走の六ツ石山で逆ナンされた話(武蔵國山行妖異録)
風は強かったが、奥多摩駅からのバスは大勢の登山客で賑わっていた。
水根のバス停で降りたのは俺だけかと思ったが、珍しく若い女性が一人、立って身支度をしていた。
「あの、もしかして、六ツ石山ですか?」
話しかけられ、顔を向けると、彼女は満面の笑みだった。はっとするほどの、目を引く和風美人だ。
話すと、偶然にも俺と同じルート、六ツ石山から石尾根を通り奥多摩駅へ向かう計画だという。下心が湧かないわけでもないが、先に身支度を整え、「お先に」と声をかけ登り始める。
最初の急な登りをクリアし、一息ついていると、先ほどの女性が息を切らしながらも良いペースで登ってきた。
ここで改めて話しかけられ、彼女は神山美咲と名乗った。
そこからの道中は似たようなペースで、よくある奇妙な距離感だった。
一緒に行くでもなく、離れるでもなく。俺が休むと彼女が追いつき、追い越していく。彼女が休憩している間に俺が先へ進む。その度に、視線が交わり、互いの存在を確かめ合っているようだった。
終日風は強かったが、天候が荒れることはなかった。
山頂で休んでいると、彼女が「作りすぎたから、もしよろしければ」と、おにぎりを差し出してきた。断るのも不自然で、ありがたくいただくことにした。
そこからの下山も、俺たちは微妙な距離を保ち続けた。離れるでもなく、一緒に行くでもなく。彼女と何度も視線が交わり、まるで俺が声をかけるチャンスを何度も与えてくれているかのように見えたが、下りは彼女の方が少し早いようで、スイスイと下って行き、やがて姿が見えなくなった。
少し残念に感じないこともなかったが、まあそんなもんだろう。
ところが、奥多摩駅に向かう途中、トレイルが終わる地点の羽黒三田神社に彼女がいた。
まさか、俺を待っていたのだろうか?
「お疲れ様でした。この後は当然、もえぎの湯ですよね。そのあと良かったら、ちょっと一緒に飲みませんか?」
彼女は、顔を赤らめながら満面の笑みで誘ってきた。
もちろん、もえぎの湯で汗を流して帰る予定だった。
堪らなく心が惹かれる。美人だし、趣味も同じで、今日一日同じコースを歩いて、話すこともたくさんあるだろう。
それでも俺は、何故か、その魅力に抗った。
家が遠いから、帰りが遅くなるから、河辺の方が電車の都合がいいからなど、適当な理由を告げると、彼女は
「そうですか、、、残念です」と言い意味ありげに、寂しそうに笑い、
「じゃあ、、私はここで少し休んで行きます」と俺を見送ってくれた。
その夜、俺は高熱を出し、一晩中うなされた。
何とも嫌な夢を見た気がするが、夢の内容までは覚えていない。
昼過ぎに起きた時は、なぜか快癒していた。
窓の外は、強い風が吹き荒れていた。
「神、ヤマミサキ、か、、、まさか、、、な」
俺はそうつぶやき、冷たい水をゴクリとのんだ。
《山行記録、下山メモ》
【六つ石山】
奥多摩の代表的な山のひとつ。標高1478.7M
山頂は広く明るく開けていて、展望も素晴らしい。

【石尾根】
雲取山と奥多摩駅を結ぶ、眺望がよく人気の長い尾根。
登山道が防火帯になっていて、広々として明るい道が続く。
奥多摩駅から雲取山まではコースタイム11時間45分、距離19キロ、獲得標高2280m、(ヤマレコ調べ)
【ルートと地図】
奥多摩駅から奥多摩湖近くの「水根(みずね)バス停」までバス
そこからハンノキ尾根で六つ石山に登り、石尾根縦走路で奥多摩駅まで
コースタイム6時間30分、距離9.6キロ、獲得標高931m(ヤマレコ調べ)
ハンノキ尾根は奥多摩三大急登の一つと言われている。

【羽黒三田神社】
奥多摩駅に向かう途中、登山道が途切れるあたりある由緒正しい神社。
平将門の子の良門が納めた八角鏡がご神体。
【もえぎの湯】
奥多摩駅から徒歩10分、お酒も飲める源泉100%の温泉施設、月曜定休
【河辺温泉 梅の湯】
河辺駅直結、徒歩一分の天然温泉。お酒も飲める。
奥多摩に比べると電車の都合がいいので、こちらを利用する登山客も多い。
【山みさき】
ヤマミサキは山や海にいる亡霊で。崖から落ちて死んだ者、難船して死んだ者は、死後8日までヤマミサキになるという。
不慮の死を遂げて祀られることのない人間の怨霊が人に憑いて災いをなすものとされることが多い.
ミサキは霊としては小規模だが、小規模であるほどその祟り方も顕著だという。一般には眼に見えないものとされ、ミサキとの遭遇は体調不良など一種の予感として現れるものが多い。寂しい道を歩いている最中の突然の寒気や頭痛はミサキのためという。
ミサキは風を伴うものといわれることが多いことから、こうした病状を「ミサキ風にあたった」などという。
山口県萩市六島町では脳溢血で倒れた人を同様に「ミサキ風にあたった」という。中国地方では横死した人間の霊がミサキになるという。

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