百蔵山で子熊と遭遇した話(武蔵國山行妖異録)
私にとって「山に登ること」は手段でしかない。
私、マグノリアは、この界隈ではそこそこ名の知れたユーチューバだ。
残念ながら、私レベルの容姿はこの世界にはいくらでもいる。
だが、それなりに本格的なロングコースのソロ低山というニッチなジャンルでは、こんな私でもアイドル扱いだ。
注目されたい、有名になりたい。バズりたい。ちやほやされたい。
そのために普段のトレーニングは欠かさず、週末は東京神奈川辺りの山を這うように登り、動画をあげる。
これは私の生存戦略だ。
バズリ命、バズる事が全て。
そのためなら多少の危険は享受するつもりだ。
だが実際に再生回数が延びるのは、マイナーな山より高尾山や塔ノ岳といった人気の山だ。
最近は人気の山では声をかけてもらえることもあり、モチベーションが上がる。
反面、動画は新鮮味に欠け差別化は難しい。
何か一本、大バズりする動画が撮れれば、何かしらの「きっかけ」さえあれば知名度を一気に拡大できる。
本格的なロングコースで数多のライバルとの差別化、そんな思いで大月に来た。
鳥沢駅から犬目を経て、扇山と百蔵山を縦走し、猿橋でゴール。富士山の眺めが最高で桃太郎伝説を意識したこの縦走は、18キロ、獲得標高1200アップの行程8時間超の本格的なコースだ。
まだ少し寒かったが、扇山、百蔵山は秀麗富嶽十二景として人気の山だ。山頂に近付くにつれ登山者が増えてくる。
「あれ、もしかしてマグノリアさんですか?」
視聴者さんからをかけられる。
私は満面の笑みを返す。
もちろんファンサービスは欠かさない。
一緒に写真を撮り、動画への出演許可をもらい、しばらく話をする。
彼は「熊に気をつけてね」といって、私の来た方向に去っていった。
熊鈴はつけているが、歩く度に鳴る「ちりんちりん」という音が動画のノイズになるので消音にしている。
以前「熊鈴が気になって動画の内容が」と言うコメントを貰ってから気をつかっているのだ。経験上、人の多いところでは熊鈴は必要ない。必要な時にだけ音を鳴らせばいい。
やがて扇山に登頂し、山頂で富士山をバックに簡単な食事を撮り、Xに投稿する。もちろん上着を脱ぎ、胸を強調する事も忘れない。

すぐにコメントがつき、いいねが増える
”絶景!美味しそう”
”相変わらず可愛い、一緒に登山したい♡”
”本格コースで凄い、気をつけてね♡”
全てではないが大半は肯定的なコメントで、私は心もお腹も満たされる。
もちろん悪意のあるコメントも多少はある。
”あざとい、わざとらしい”
”そんな恰好で登山?”
”山を舐めてる”
昔は傷ついたりもしたが、今はなんとも思わない。
むしろコメントにコメントが付き視聴が伸びる事に気がついてからは、ある程度の悪意や批判も歓迎だ。
”クマに気を付けて”というコメントが目立つ。
確かに最近熊の目撃や被害が多い、さっき会った人も言ってた。
もし熊と遭遇したら再生回数は確実に伸びるだろう。万一動画に収めることができたら、ニュースでも取り上げられるかもしれない
そうなれば知名度は一気に上がる、リスクはあるがチャンスでもある。
だが実際に熊と遭遇するなんて事はそうそうはない。
現実はいつだって厳しい。
百蔵山を越え下山に至る。
予想通り富士山の眺めは最高だったが、大バズりするほどの動画にはなっていない。
もっと見られたい。もっと注目されたい。
きっかけが欲しい。
木々がざわめき、風が私を囃し立てる。
視界の全てが私を写すレンズに見える。
あの葉脈の一つ一つが、私を見つめる瞳だったら――!
想像するだけで肌が粟立つ。
もっと私を見て欲しい。
その時、ガサゴソと繁みが揺れた。
なんだろう、と見ていると毛玉のような小熊がヨタヨタと現れた。
短い手足、不釣り合いな大きな頭。
これは…まさに「いいね」の塊だ。
これだ、大バズリの予感に震える。
思わず駆け寄り、抱き上げる
ミヤァミヤァと甘えるような鳴き声、なんて愛らしい姿
この遭遇は、神様がくれたプレゼントだ
「待って、今すぐみんなに見せないと!」
興奮して手が震える。
リュックからスマホを取り出し、素早くYouTubeのライブ配信を起動する。
タイトルは『速報!子熊ちゃんと遭遇!【扇山・百蔵山】』。
視聴者が一気に増え、チャット欄が流れ始める。
”うそでしょ!”
”ダメだ!危険です!”
”ヤバいって!すぐに離して!”
”かわいいー!”
見て、もっと私を見て、もっと…
世界中の人が私を見ているようだ
圧倒時な恍惚、快感、エクスタシー
木々の葉っぱが人の目に見えた、世間が、世界が私を祝福している
私は確信した…
この動画は記録的な再生数になる
間違いなくニュースでも取り上げられる
私の知名度は一気に広がり、登録者数も一気に増えるだろう
カメラをインカメに切り替え、抱っこしてる姿を自撮りする
愛らしい子熊と私の満面の笑み、完璧な画角だ
さあ、見て、もっと、私を見て、もっと…
髪の乱れをチェックしようとモニターを覗き込んだ時、私の後ろに母熊が立っているのが見えた。
耳元で低いうなり声が聞こえ、鉄と獣の圧倒的な生臭さに包まれた…
熊の胸の模様が、こちらを睨む大きな目に見えた……
⚠️ 【注記】本記事は「創作怪談」であり、特定の事件の記録や事実に基づいたものではなく、登場人物、出来事はすべて架空です。この記事のように百蔵山付近で熊に襲われたという事実は直近ではありませんが、熊生息のエリアで、目撃情報も多いです。山行における子熊への接近は極めて危険であり、絶対に行わないでください。
【今回の山行記録】
【ルート】
スタート地点: JR中央本線 鳥沢駅
経由地: 犬目 → 扇山山頂 → 百蔵山山頂
ゴール地点: JR中央本線 猿橋駅
特徴: 秀麗富嶽十二景である二つの山を繋ぐ縦走コースで、富士山の眺めが素晴らしいことで知られている。
鳥(鳥沢)、犬(犬目)、猿(猿橋)の桃太郎の家来を集めると言うテーマを設定。
【秀麗富岳十二景】
山梨県大月市が1992年に定めた、市域内から富士山を望む優れた景観がある12の山域(山頂)のこと。
選定理由: 大月市域の山頂から望む美しい富士山を市のシンボルとし、自然を後世に伝えることを意図して制定された。
選定された山: 雁ヶ腹摺山、姥子山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山、小金沢山、大蔵高丸、ハマイバ、滝子山、笹子雁ヶ腹摺山、奈良倉山、扇山(6番山頂)、百蔵山(7番山頂)、岩殿山、お伊勢山、高畑山、倉岳山、九鬼山、高川山、本社ケ丸、清八山(合計12景19峰)。
今回の山: 扇山(1138m)は6番山頂、百蔵山(1003.4m)は7番山頂に選定
【猿橋】
猿橋は、今回の縦走ゴールにある名勝。
日本三奇橋: 山口県の「錦帯橋」、長野県の「木曽の桟(かけはし)」と並び、「日本三奇橋」の一つに数えられている。
構造: 桂川の深い渓谷に架かる橋で、橋脚を全く使わず、両岸から張り出した四層の刎木(はねぎ)によって支えられている珍しい構造が特徴。
名勝指定: その独特な建築美と、周囲の自然と調和した景観から、国の名勝に指定されている。
【クマと遭遇した際の対処法と予防策】
🐻 遭遇時:まず身の安全を確保する
クマの動きを観察し、絶対にクマを刺激しないように行動する。
静かに、ゆっくりと離れる: クマから目を離さず、背中を見せずにゆっくりと後ずさりして距離を取る。クマは走って逃げるものを追いかける習性があるため、絶対に走ってはいけない。
(クマは時速40km以上で走れる)
自分の存在をアピールする: 慌てず、静かな口調で話しかけるなどし、人間であることを認識させる。威嚇するような大声や石を投げる行為は逆効果。
持ち物を静かに置く(任意): クマが食べ物に興味を示した場合、静かにその場に置き、クマがそれに気を取られている間に離れるという方法もある。
🚨 クマが接近・襲ってきた場合
致命傷を避けるための防御に徹する。
防御姿勢をとる: 襲われた場合は、腹ばいになって地面に伏せ、両手で首の後ろ(首筋)をガードして身を守る。リュックは背中の防御に使えるリュック事も。
クマ撃退スプレーを使用する: 携行している場合は、十分引き付けてから、クマの目や鼻の粘膜に向けて噴射。風向きに注意して。
反撃する(最終手段): 防御できず攻撃が止まらない場合に限り、ステッキやピッケルなどでクマの目、鼻、眉間といった弱点を攻撃する。足で押し込む様な蹴りも有効と言われている。
❌ やってはいけない行動
クマの攻撃を誘発したり、危険を高める行動は避ける。
走って逃げる
大声を出す・石を投げるなどして威嚇する
じっと目を合わせる(攻撃の合図と見なされることがある)
子熊に近づく、または触れる(近くに必ず母熊がいる)
死んだふり(ツキノワグマには効果がないことが多い)
✅ 事前の予防策:最も重要なこと
山に入る前に、人間の存在をクマに知らせることが最良の防御。
音を出す: クマ鈴、ラジオ、手をたたくなどして、常に音を出しながら歩き、人間の存在をクマに知らせる。
複数人で行動する: 単独行動を避け、複数人で行動することで遭遇リスクが減らせる。
情報収集: 出かける前に、目的地のクマの出没情報を必ず確認する。
クマ撃退スプレーを携行する: 万が一に備え、すぐに取り出せる場所に携帯しておく。火薬を鳴らすおもちゃのピストルも有効。
【目目連】
家の障子に無数の目が浮かび上がる妖怪。
荒れ果てた家の障子に無数の目が浮かび上がった姿で描かれており、解説文によれば碁打ち師の念が碁盤に注がれ、さらに家全体に現れたものとある。鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に収録

【武蔵國山行妖異図録より】

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