大学で学んだことは、授業の内容じゃなかった。
私が大学時代に、ボーヴォワールの『第二の性』の講義を受けたときの話。教授は、男女の待遇や男女同権論について説明した後、「第二の性」の本を片手に『興味のある人は読んで下さい。始めての授業なのでよく分からない人は、興味のあることについてレポートを書くように。』と述べた。そして気づいたら、講義は終わっていた。
私は、講義の内容はほとんど覚えていない。大学ってこんな所なんだとなんとなく思った。感想は特になかった。「脳死とかクローン人間」の話題を世間でよく耳にしていた頃のことである。
例えば、講義後に原宿を散歩するのもアルバイトするのも、図書館で『第二の性』の本を借りて読むのも自由である。自分次第で自由な時間をバラ色の大学生活にすることも、将来のためスキルアップに使うことも出来る。
若い時には自由を無限に感じるが、自由の代償についてはあまり考えない。そのうち、どうにかなる気がしていた。そしてどうにかならないままに、私は大人になった。
最近 noto を始めていろんな人の思いを読ませてもらって、気づいたり助けられたりすることが沢山ある。今まで無駄だと思っていたことが、実は必要なことだったと分かったこともある。
最近は、済んでしまったことは仕方ないとポジティブ思考にもなれた。明日の私より今日の私の方が若いのだから、気づいた時に行動できたならそれが一番正解だと思う。私も、少しでも人助けできるようなことを書けるように頑張ろうと思う。
(今日のおすすめ)使い勝手のいいホットプレート。
