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心情を細部まで考察『欲望の翼』交錯する儚き想いたちの奥に潜む大切なメッセージとは…

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男女それぞれの群像劇の中で交錯しながらも交わることのない感情のゆらめき、その儚さを純文学を思わせる詩的な表現で全体を包み込みながら繊細に描く。ウォン・カーウァイ監督2作目となった1990年公開の香港映画。

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『1960年4月16日3時1分前、君は俺といた…この1分を忘れない』

スタジアムの売店で働くスーはヨディという男性に声を掛けられたことを機に、ヨディは毎日のように売店を訪れ1分から2分、そして1時間と重ねる時間と共に互いの関係を深めていく。

やがて結婚を視野に入れ始めるスーだったがヨディはその意思がないことを告げる。もう会わないと彼の部屋を後にするスーをブラインドの隙間から目で追うヨディの姿があった。

養母レベッカの経営するナイトクラブの楽屋でエディはレベッカの愛人を締め上げ、彼女から盗んだイヤリングを取り返していた。そこでダンサーをしていたミミはその場に居合わせる。そのイヤリングをくすねる彼女だったがすぐにバレて取り返されてしまうがこの一件からエディとミミは関係を深めていく。

ヨディの友人サブは彼の部屋を訪れたときにミミを一目見たときから彼女に惹かれていき、3人で行動を共にするに連れてその感情は否応なく高まっていく。その想いを見透かしていたミミは惚れないでと釘を刺すのだった。

雨降る夜にエディの部屋の下で俯き静かに佇むスーの姿があった。その姿を見つけた巡回警察官のタイドはそっと声を掛ける。事情を知ったタイドは間を取りもちエディの部屋のベルを鳴らす。了承するエディの後ろに女性がいたのことを彼は見逃さなかった。

荷物を取りに来たという口実で部屋へ入ったスーは今でも好きだと本心を伝えるも、返ってきたのは期待とは裏腹に「俺は君にふさわしい男じゃない」という言葉だった。「誰を愛したかなんて忘れたさ」という冷たい言葉は部屋の奥で身を潜めるミミにも響いていた…。その不安はエディを責め立て、部屋の外で待たされていたスーに自分の存在を知られることとなる。別の女の影を知ったスーは部屋を去り、ミミは怒りつつも彼の元を離れることはなかった。

ヨディを忘れることができず雨の降る暗がりの中、茫然とするスーに警官タイドは声を掛け、帰りのタクシー運賃を貸したことを機に2人は会話を重ねていくようになる。

諦めきれずエディの元を訪れようとする惨めさを嘆き、自己嫌悪に陥る自分を助けてほしいと吐露するスー。それならはっきりとそう伝えるべきだと強く語るタイド、その瞬間午前0時の時計の鐘が鳴りゲートは閉じられる…短くも長いあの一分間にはもう戻れないことを告げていた。

幼い頃に自分の置かれた貧しさという環境を理解してから他人と比べることの虚しさを知り、船乗りになりたかったが病弱な母を支えるために警官となったタイド。諦めることを受け入れてきた彼だからこそ諦めることを受け入れられないスーの気持ちがよくわかっていた。素っ気ない態度をとりながらも親身になる中で彼女に心惹かれていく。話し相手が欲しかったら電話ボックスに掛けるよう彼女に伝える。

期待していた訳ではなかったが気付くと電話ボックスの前でベルを待つタイドの姿があった。だが電話が鳴ることはなく、やがて母の他界を機に念願だった船乗りとなって海へと旅立っていった…






エディはミミと過ごす時間の中でも塞ぎ込みがちだった。元気を出してもらおうと映画に誘うミミだったが話の流れでヒモになることを提案されたエディは静かに怒ってミミを閉め出してしまう。

それ以降、今もヨディは育ての母を責め続けていた。口論の末、フィリピンにいる実母からの手紙を渡されるがそれはレベッカは関係性を断つという意味も孕んでいた。だがエディはサブに愛車を譲りフィリピンへと旅立っていった…。

深夜の静けさの中、独りサッカー場で片付けるスーの元にエディのことを知ったミミが訪れる。激昂するミミに捨てられたことを自覚しなさいと窘(たしな)める。スーはすでに諦めという選択肢を受け入れ始めていた…


サブは土砂降りの中でヨディを失った失意に暮れるミミの後を追う。徒歩の彼女にクルマの速度を合わせながら寄り添おうとした彼にミミが掛けたのは“クルマも女もお下がり”という言葉だった。その言葉は彼の心を深く傷つけ衝動的にサブは彼女を引っ叩く…ミミはフィリピンへ行きたいと溢して土砂降りの道をひとり歩いていく。

後日、カフェでサブは売却したクルマの金をフィリピンへ行くための旅費に充てるようミミへと差し出す。“せっかく譲り受けたのに売ってすまない”と伝えてほしいと口実も付け加えて。彼女への想いが決して“お下がり”などではないのだという意思を行動で示し、彼女の心情を尊重した上でまた戻ってきて欲しいという自分の揺るぎない気持ちを伝えミミの元を去っていった。ミミにはサブの覚悟、気持ちが痛いほどに伝わったがそれでも断ち切れないエディへの想い、その葛藤は彼女を苦しめ涙させた。


フィリピンへと渡り実母の家を訪ねるもその願いは叶わなかった。帰路につくヨディの後ろ姿は平静を装っているが激情に苛まれていた(映像の激しい揺れがその心情の激しさを表現している)。自暴自棄になり酔い潰れ金もパスポートもすられた彼に近づくタイドの姿があった。船乗りとなって荷下ろし中のフィリピンで羽を伸ばしていた彼はホテルの部屋でエディを介抱した。互いの存在を意識していたが、それを口にすることはなかった。

翌日、ヨディは駅で闇ルートで注文していた偽造パスポートを受け取ると相手を刺して強奪。タイドもそれに巻き込まれるかたちで2人は列車に乗り込み逃亡するのだった。しばらくしてタイドが車掌に到着時間を聞いている間に追手によってエディは腹に銃弾を喰らってしまう。

あのとき、ミミがヒモになることを提案したのはただ一緒にいたかったからだった。それは理解していた、だがそれは養母レベッカのそれと何ら変わらないことだった。それが苦痛だったからレベッカを責めてきた、エディにとってミミの提案はコンプレックスを抉られるのと同じことだった。

スーを突き放しミミも突き放してしまったエディは自分を責めた。だからレベッカと決別してまで遠く離れた異国の地へと降り立った、自分に大きく欠けた大切なものを取り戻すために…。しかし微かな希望の先に待っていたのは母の拒絶だった。そのとき初めて産まれてからずっと自分が求めていたものなど最初からなかったことを悟る。

実母から18歳までの間、多額の養育費を受け取りヨディを育ててきた養母レベッカだったがそれは生活不安を解消することが目的だった。だから18歳になったとき実母の存在を伝えたが同時に失う怖さもあった、こうなることが分かっていたから伝えずにいた真実…それは優しさでもあった。だから今まで自分を責めながらも好き勝手に生きること許してきたのだ。若い男に執着する彼女もまた大切なものが欠けていた…。

『1960年4月16日3時1分前、君は俺といた…この1分を忘れない』

忘れるはずなどなかった…スーに対する気持ちは本物だったからだ。しかしエディはそれ以上の深い関係性を築くことはできなかった…その方法を知らなかった。本来なら受けられるはずだったが養育費という金に置き換えられてしまっていた…その“愛情”を知らないまま大人になった彼にとってスーと愛情を育んでいくことなどできるはずもなかった…

あの時間はたった1分でもその気持ちは真実だという精一杯の愛情表現だった。エディが息を引き取る間際、愛情を求めて彷徨う自分になぞらえた“脚のない鳥”のおとぎ話は最初から死んでいたんだと自分を納得させる。

皮肉にも最期にエディの本心を知ったのはスーに想いを寄せるタイドだったが彼もまたスーはきっと自分のことを忘れているだろうと諦めていた…。

ミミはエディを求めてフィリピンへと渡り、サッカースタジアムでは売店でひとり黙々と働くスーの姿があった。

電話ボックスは虚しく鳴っていたがそこにタイドの姿はもうなかった…

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