転んでも、何度でも立ち上がる~夢を諦めない心~

神戸 自立生活訓練センターでの半年間

私が神戸の自立生活訓練センターで暮らしたのは、たった半年間でした。
けれど振り返ってみると、まるで何年も過ごしたような、濃密な日々だったように感じます。

入所した当時、私は車椅子バスケットボールを始めたばかりでした。
ちょうどその頃、このセンターからも同じようにバスケを始めた男性が3人いたんです。佐野さん、久保ちゃん、要くん。みんな20代の若者でした。

私たちは同じバスケ部に入り、自然と一緒に過ごす時間が増えていきました。朝早く起きて、みんなで坂道を車椅子で駆け上がる毎日。負荷がかかることで筋力がつき、体幹も鍛えられますが、何よりも車椅子操作に慣れるには、実際に動き回るのが一番の近道でした。

そうやって、私の生活のすべてがバスケ中心に回るようになっていきました。4人で過ごす時間はとても楽しく、バスケの話をしたり、お腹がすけば一緒にマクドナルドに行ったり。お互いに刺激し合える仲間がいることが、何よりの支えでした。

でも、私の中ではもうひとつの大きな挑戦がありました。それが「就職活動」です。

神戸に来てまだ2〜3ヶ月というタイミングで、三重県職員の障害者枠の行政職試験を受ける話が持ち上がりました。年齢制限が30歳までで、私はちょうどその年齢。これを逃すと次はない、という状況でした。

正直、行政職がどんな仕事なのかも分からないままでしたが、周囲の勧めもあり、とりあえず受けてみることにしました。

「何がしたいのか」「自分に何ができるのか」そんなことすらまだわかっていないまま。それでも、「いつまでも働かないわけにはいかない」「これが社会復帰ってやつなんだろうな」──そんな風に、どこか他人事のように思いながらも、一歩踏み出すことにしたのです。

当時の私は、毎日バスケに夢中でした。朝から晩まで練習づけの日々。自分の練習がないときは、男子チームのプレーを見学して勉強していました。

そのプレーがまた、本当にすごい。見ていると、「本当に同じ車椅子なの?」と思うほどで、自分もいつかあんなふうに動ける日が来るんだろうか、と不思議な気持ちになったものです。でも、それでも見ているだけで楽しかった。

そして、そんなバスケ漬けの日々のなかで、試験勉強はまったく手につかず。気づけば、行政職の試験を受けるために一度三重へ帰ることになっていました。

試験が終わると、すぐに神戸に戻って、またバスケに明け暮れる日々に戻りました。試験の結果なんて、全く気にしていなくて、とにかく毎日バスケに夢中でした。

そんなある日、母から一本の電話がかかってきました。 「受かったよ。由香、合格したんやで。」 電話の向こうで母が明るく伝えてくれたその言葉。私は「そうなんだぁ」と、どこか他人事のように返していました。

喜びや驚きよりも、これから自分の人生がどうなるのか、その不安の方が大きかったのを覚えています。

でも、とにかく4月1日からは三重県職員として働くことが決まり、3月中には神戸を離れることになりました。

たった半年間。けれど、私の人生を大きく動かした場所。それが、神戸自立生活訓練センターでした。


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