車椅子バスケなんて絶対ムリ…だった私が、夢中になったあの日のこと
あんなに抵抗があった車椅子バスケだったのに、あの日だけは、なぜか全然違ったんです。
あのときの私は、「今、自分にできることはこれしかない!」って、何かに突き動かされるような気持ちになっていました。
私よりも、もっと障害の重い人たちが、一生懸命に一つのボールを追いかけて、汗を流し、大声を出して、全力でプレーしていたんです。
その姿が、もう、めちゃくちゃ格好良くて。今でもあの光景を鮮明に覚えています。
正直に言うと、衝撃でした。
比べるものじゃないけれど、「今の私は、この人たちに負けてるな」って。
「今すぐ、何かを始めなきゃ!」そう思って、私が選んだのが車椅子バスケットボールでした。小中高とバスケ部に所属していたから、自然と「これしかないでしょ!」って気持ちになったんです。
大会が終わってすぐ、当時は情報も少なくて、誰に声をかけていいのかもわからなかったけれど、とにかく「車椅子バスケがしたいんですけど、どうしたらいいですか?」って、勇気を出して誰かに声をかけたのを覚えています。
体育館にあった“誰でも使っていい”とされていた車椅子を借りて、その日のうちにボールを持って練習を始めました。ルールなんてよく知らなかったけど、「リングにボールを入れる」というシンプルな目標は、今も昔も同じ。夢中でシュートを打っていました。
でも、見てるのとやるのは全然違う。進みたい方向に車椅子が進まないし、ボールを持ってたら車椅子の操作ができないし、「これ、どうすんの?」って。でもその“難しさ”が、逆に楽しかったんです。気づけば時間を忘れて、一人で夢中になって練習していました。
やがて、神戸に「神戸ZOO」という女子チームがあると聞いて、すぐに連絡。快く受け入れてもらい、即入部させてもらいました。年齢層も広くて、20代前半から50代まで、結構な人数がいたと思います。当時私は30歳。20代前半の子たちが眩しく見えて、自分もそこに追いつきたくて。
練習は週に2回くらい。とにかく、その練習日が楽しみで仕方なかった。
でも、新人の私は、いきなり一緒にゲーム形式での練習に入ることはできませんでした。まずは、車椅子の操作練習から。地道な基礎練習の繰り返しです。だって、車椅子を自由に操れなければ、バスケにならないから。
みるみるうちに手のひらにマメができて、潰れてもテーピングして、また練習して。痛かったけど、少しでも早く、みんなと同じ練習に加わりたくて。そして、私は根っからの負けず嫌い。正直、一緒に練習できないのが悔しかったんです。
…でもね、今だから言えるけど、このチーム、実は結構自由な感じで。
練習に人が集まらなかったり、試合なのに選手が4人しかいなかったり。
私の熱量とはちょっと違う雰囲気だったんです。
それでも私は、「まずは一人前になること!」を目標に、リハビリや社会復帰の道を一旦脇に置いて、車椅子バスケに全力で向き合う毎日が始まりました。
