青と夏は復讐ソング? Mrs. GREEN APPLE「青と夏」歌詞考察
夏が始まった合図がした。
そんな日本の夏のキラーチューンであるMrs. GREEN APPLEの「青と夏」。
大森元貴はオールナイトニッポンGOLD内で
「日陰の人間なわけよ」
「お前(若井)なんてわかんねえだろ!こっちの気持ちなんか!」
「俺はなぁ!明るい曲作って復讐してんだよ学生達に!」
「『ミセスが明るくて聴けません』とか分かってねえなコイツ!と思うわけ!」
「足が速いとかなんでだよ、思慮深い男が一番かっこいいに決まってんだろうがよぉ!」
「ずっとそのわだかまりは取れない」
「僕の復讐ソング聴いてください、青と夏」
とお淑やかに語っていた。
ラジオのネタとはいえ、あながち単なるお笑い発言でもないのではないか?と感じたため、青と夏は復讐ソングであるのかを本記事では考察する。
そもそも主人公は夏を楽しんでいるのか?
まずは本楽曲の主人公の前段を考えたい。
青と夏は一聴、家に閉じこもっている日陰の人間が、家の外に飛び出していく楽曲に聴こえる。
前段が「結局家から出ていない人間」と仮定してはどうだろうか?
他楽曲でいう所の『高嶺の花子さん(back number)』、『BANG! BANG! バカンス! (SMAP)』のようなイメージである。
この仮定で歌詞を読み進めていく。
BeReal.で撮るならば以下のイメージだ。

今日「は」?「も」?
涼しい風吹く
青空の匂い
今日はダラッと過ごしてみようか
涼しい風=エアコンの風が吹いている。
今日「は」だらっと過ごしてみるか。
「毎日海行ったりBBQしたり花火行ったりで忙しかったし!今日は敢えて、エアコンの効いた部屋で、ダラダラ漫画でも読んで過ごそうかな!」という日向の人間の余裕を感じるフレーズである。
日陰の人間であれば、今日「も」だらっと過ごすである。
自分に「今日は!」と言い聞かせているようである。
まるで、明日は筋トレするぞ~!(やらない) のようだ。
風鈴がチリン
ひまわりの黄色
私には関係ないと
思って居たんだ
ストーリーでいうなれば
「昔は夏なんて自分には関係ないと思って『いた』!」
↓
「けど、君と出会った今の僕は違うんだ!」
みたいなイメージですね。
唐突にやってくるサビ
夏が始まった合図がした
“傷つき疲れる”けどもいいんだ
次の恋の行方はどこだ
映画じゃない
主役は誰だ
映画じゃない
僕らの番だ
唐突に1番のサビがやってきます。
青と夏はイントロがしっかり存在するタイプの楽曲ですが、約40秒ほどでサビが始まります。
頭の中のキラキラした空想が唐突に始まったのではないでしょうか。
「よし!妄想スタート!!」って。
本当に夏を目前にして恋に落ちかけている・落ちた人間はどうなるでしょうか。
「うおー!好きぃー!楽しみー!」と、ノーガード、心のシャッター全開で飛び込むのではないでしょうか。
青と夏の主人公はどうやら
「まあ…恋ってのはさ?青春の醍醐味なんだよね。ま、傷つき疲れるリスクもあるけどね。どうせすぐ別れるし、振られるし。…まあ、それもそれってことでいいんだよね」
と、冷めた視点でリスクを取りたがらないような印象を受けます。
「映画じゃない!」と何度も自分の妄想は脳内映画じゃないんだ!と言い聞かせているのかもしれません。監督もカメラも演出も主人公も自分自身と分かり切った上で。
リアルの渦中で、恋人といい雰囲気でテンション上がった場合は「わぁ…なんか映画みたいだね…」とうっとりするのではないか?
その状況で頬をつねって「映画じゃない!リアルだ!」とも解釈できるようになっていて、日向の人間に届けようとしているのが、復讐ソングたる所以だろうか。
自分なのか?他人なのか?
優しい風吹く
夕焼けの「またね」
わかっているけどいつか終わる
2番。今日「は」ダラダラ過ごした人間の言葉だろうか。
明日に楽しいリアルがある人間のフレーズなのか。
優しい風は、夕方になってエアコンの温度を上げたのだろう。
「またね」も本人じゃなくて、近所の子どもたちの「ばいばーい!」の声でも聞いて「人の関係ってすぐに終わるよな」って思っただけではないだろうか。
風鈴がチリン
スイカの種飛ばし
私にも関係あるかもね
こいつまだ家の中に居る。
威勢のいい一番はどこへやら。おそらく一人でスイカを食べている。
私にも関係ある「かも」ねと、突然自信を失っている。
日向の人間に歌わせる狂気のフレーズ
友達の嘘も
転がされる愛も
何から信じていいんでしょうね
爽やかポップソングの歌詞で登場する闇の深さではない。
この主人公は、友達に嘘をつかれて裏切られ、大好きだった人に弄ばれて、傷ついて心を閉ざしていることが見受けられる。
恐ろしいのが、青と夏は夏のアンセムである。
夏が始まった合図~!ポンポンポーン!ズッ友!らぶ!みたいな、主人公を人間不信にさせた人間がカラオケで青と夏を入れた場合、自らの口でこの歌詞を歌い上げることになる。
肩を組んでキャンプファイヤーを囲みながら「友達の嘘も~♪転がされ~る愛も~♪何から信じていいんでしょうね~♪」と合唱する様は、大森元貴からすると痛快なのかもしれない。
大人になってもきっと
宝物は褪せないよ
大丈夫だから
今はさ
青に飛び込んで居よう
現実の人間は嘘や裏切りばかりで信じられないけど、この部屋の中で僕が描いた理想の夏だけは、大人になっても絶対に褪せない宝物なんだ!と自分の宝物を守ろうとしている。
そして、頭の中の妄想の青い海にまた飛び込む。
また、この歌詞があるから「いつまでも絶えることなく友達でいよう~」のノリだとしても、相反する、友達の嘘も~というフレーズを歌わざるを得ないですね。
妄想の現実化?
夏が始まった
恋に落ちた
もう待ち疲れたんだけど、どうですか??
本気になればなるほど辛い
平和じゃない
私の恋だ
まるでジブリかのように「可愛い女の子(またはイケメン)降ってこないかな~」と空を仰いでいるようである。
全インドア派が1回はやったことのある待ち姿勢。
理想の自分(半分現実と思い始めている)はバッチリなのに、なんでガチリアルじゃ起きないんだよ!!と天に交渉し始めている。
脳内映画を本気にすればするほど、妄想と現実との差分が明確になり、メンタルがゴリゴリに削られているのかもしれない。
唐突に始まるバラード
私の恋だ
寂しいな
やっぱ寂しいな
いつか忘れられてしまうんだろうか
それでもね
「繋がり」求める
人の素晴らしさを信じてる
これは私の恋なんだ…と最後のプライドを守るように、言い聞かせるように歌いながら曲調がバラードに変化していく。
「やっぱ」寂しいと、分かっていたけど寂しいと。
日陰の人間の本音が飛び出す。
そして、いつか忘れられてしまうという部屋から出ない人間だからこその存在証明への絶望が出てくる。
「私という人間は、誰の記憶にも残らず『最初から居なかった存在』になってしまうのではないか…」
「存在するらしいけどハブられてるクラスLINE。いつか誰かが入れてくれてるんじゃないか!….『誰こいつ?』となってしまわないか…」
急に戻るロック
運命が突き動かされてゆく
赤い糸が音を立てる
主役は貴方だ
ライブでは「赤い糸が音を立てる」の際に大森元貴が小指を立てるため、おそらく呪いではなくロマンティックな意味と考える。
「主役は貴方だ」は3つの意味が考えられる。
①主役は私(脳内映画の主人公)だ!!
②主役はダーリン(脳内映画の理想の相手)だ!
③主役はあなた(部屋の外の人間・青と夏の聴き手)だ!
夏が始まった
君はどうだ
素直になれる勇気はあるか
この恋の行方はどこだ
映画じゃない
愛しい日々だ
②主役はダーリン(脳内映画の理想の相手)だ!
だったら恐ろしい歌詞になりますね。
ねぇ!リアル世界にいるそこのダーリン!
素直になれる?私に告白できる?勇気ある?
さあ始まりました!私の恋!実況は私がお送りします!
さあダーリンは告白できるのか!私の恋の行方はどうだ!!
映画じゃありません!現実です!愛しいですね!見逃せませんね!!!
まさかのホラー?
恋が始まった
合図がした
今日を待ちわびた なんて良い日だ
まだまだ終われないこの夏は
映画じゃない
君らの番だ
映画じゃない
僕らの青だ
映画じゃない
僕らの夏だ
ラスサビだが、主人公はまだクーラーの効いた部屋にいると思うと恐怖である。
1日中ずっとエアコンの効いた部屋で、スイカ食べながら種飛ばして、空を見上げて「異性降ってこないかな〜」って妄想映画を監督していただけなのに、「なんて良い日だ」と達成感を感じて満足しきっている。
頭の中で完璧な脳内映画を一本クランクアップしたのかもしれない。
まとめ
『青と夏』は、一見すると爽やかな夏の王道アンセムです。
しかしその実態は、「部屋から一歩も出られない人間が、脳内で完璧な夏をクランクアップさせ、尚且つ自分を傷つけた現実の人間たちに爽やかな顔でドロドロの歌詞を歌わせる、最高に美しくて恐ろしい復讐劇」だったのかもしれません。
今年の夏、自分は日陰の人間だ!と自負する方こそ、青と夏をリピートしてみてはいかがでしょうか?
