休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
肌ツヤDiary No.00052
2026.06.20 Sat.
休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
そんなことを思う。
休日の朝。
本当なら、少しゆっくりしてもいい。
平日より遅く起きてもいい。
朝ごはんをゆっくり食べてもいい。
コーヒーを飲みながら、何もしなくてもいい。
洗濯機の音を聞きながら、ぼんやりしていてもいい。
でも、気づけば予定を入れてしまう。
午前中に買い物。
その後に用事。
午後から誰かと会う。
ついでに家のことも片づける。
空いた時間に少し仕事のことも考える。
せっかくの休日なのに、朝からもう忙しい。
これは、なかなかもったいない。
休日の朝には、休日の朝にしかない空気がある。
平日の朝とは違う。
急がなくていい。
少し静かでいい。
時計を見すぎなくていい。
誰かの連絡にすぐ返さなくてもいい。
その感じを味わう前に予定で埋めてしまうと、休日が始まる前に少し疲れる。
休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
最近、そう思うようになった。
予定があることは悪くない。
楽しい予定もある。
必要な用事もある。
会いたい人もいる。
行きたい場所もある。
でも、休日の朝を全部予定に渡してしまうと、自分が戻る場所がなくなる。
平日は、どうしても外に向かっている。
会社に向かう。
人に向かう。
予定に向かう。
役割に向かう。
だから、休日の朝くらいは、少し内側に戻ってもいい。
自分はいま眠いのか。
疲れているのか。
少し元気なのか。
出かけたいのか。
家にいたいのか。
何を食べたいのか。
そういう小さなことを、自分に聞く時間があってもいい。
管理職になると、平日に人の状態を見ている時間が増える。
部下の表情。
会議の空気。
上司の反応。
社外の温度。
チームの疲れ。
それらを見ているうちに、自分の状態を見る時間が後回しになる。
だから、休日の朝は大事である。
自分の表情を見る。
自分の呼吸を見る。
自分の機嫌を見る。
それくらいでいい。
休日だからこそ、何かしなければならない。
そう思うと、少し苦しい。
休みの日まで成果を求めなくていい。
休みの日まで充実を証明しなくていい。
休みの日まで誰かに見せられる時間にしなくていい。
ただ、少し整う。
それだけでも十分である。
休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
予定を入れない勇気。
これは意外と難しい。
空いていると、何かを入れたくなる。
何もしないと、もったいない気がする。
人に誘われると、断りづらい。
せっかくの休みだから、と動きたくなる。
でも、何もしない朝にも価値がある。
ぼんやりする。
少し片づける。
ゆっくり顔を洗う。
朝ごはんを丁寧に食べる。
少し散歩する。
もう一度、横になる。
どれも、ちゃんと休日である。
自分にやさしくするというのは、特別なことをすることだけではない。
予定を入れすぎない。
急がせすぎない。
何かを取り返そうとしすぎない。
少し余白を残しておく。
それも、自分へのやさしさである。
休日の朝に余白があると、心が少し戻ってくる。
平日に散らかった気持ちが、少しずつ並び直す。
急いでいた呼吸が、少し落ち着く。
来週のことも、少しだけ遠くに見える。
その感じを大事にしたい。
休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
誰かに優しくするために、自分にも優しくしておく。
そのための朝があっていい。
肌を整えるように。
心を整えるように。
休日の朝の予定も、詰め込みすぎずに整える。
休日の朝に予定を入れすぎないことも、自分へのやさしさである。
そして私は今日も、何もしない余白を少しだけ自分に渡しながら、整えちゃってます。
