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幽霊と魂は、まったくの別物だった。霊体・アストラル体・魂の違いを解説します。


「霊(幽霊)」と「魂」の違いについて解説します。

そもそも、このふたつが違うものだと知っている人は少ないのではないでしょうか?

「幽霊」が怖いとか、地獄が怖いと言っている人がいたら、教えてあげてください。

死後の世界に対する誤解が解消されます。

結論から言います。


魂は「わたし」という存在の本質となるエネルギー。

霊は「感情のエネルギー」が時空間に定着した残留思念。

「わたし」とは、今、使わせてもらっている「身体」のことではなく、そこに宿る中心的エネルギー、いわゆる「魂」のこと。

高い次元のエネルギーである「魂」を「肉体」に定着させるため、いくつかのエネルギーを、下地材として階層的に重ねることで連結させています。

詳しく説明します。

「魂」は、ものすご〜く高次の軽やかなエネルギーなので、そのままでは重たい物質である肉体をすり抜けてしまいます。

だから、肉体と魂の間に、グラデーションのように性質の異なるエネルギーを段階的に介在させることで、肉体と魂を繋いでいます。

「肉体」は、「エーテル体」という非物質のエネルギーに包まれています。

エーテル体は、もっとキメの細かい「アストラル体」という軽やかなエネルギーに包まれています。

アストラル体は、もっとキメが細かく、軽やかな「メンタル体」というエネルギーに包まれ、メンタル体は、もっともっと軽やかなエネルギーである「コーザル体」に包まれています。
そして、コーザル体よりも軽やかできめ細かい「魂」がそこに重なります。

こうやって段階的に、粗さや粘度、軽さの異なるエネルギー体を、段階的に重ねることで、エネルギーをグリップさせ、物質である肉体と超高次のエネルギーである魂を繋いでいます。


幽霊の正体である霊体は、「アストラル体(感情のエネルギー)」が時空間に転写してしまった、いわば「残留思念」です。

恐怖や怒り、憎しみ、苦しみや悲しみなどが、強烈な感情として放たれると、そのエネルギーが、その時間と場所に転写されます。
だから、幽霊は、同じパターンを繰り返したりしがちだったり、簡単なやりとりや反応はできても、合理的判断ができなかったりと、高度な知性を持っていないのです。

「アストラル体」は、エーテル体に次いで物質に近いエネルギーなので、人のかたちをしています。
だから、アストラル体の存在を知らない人が、人型のエネルギー体を見ると、それを「魂」だと勘違いしてしまうのです。

「魂」は、非常にクリアで聡明な知性を持ちます。
厳密には、魂+コーザル体+メンタル体が、「魂=わたし」なのですが、ここではこれらをまとめて「魂」と呼ぶことにします。
コーザル体とは、スピリチュアルの文脈で言うところの「ハイアーセルフ」
いわゆる「高次元のわたし」です。

だから「魂」は、肉体から離れると同時に、アストラル体からも離れ、欲望や感情から切り離され、純粋な愛と高度な知性だけになるため、無限の叡智にアクセスしたような感覚になるのです。


肉体を離れた魂は、負の感情を持たない

肉体から離れた魂は、怒りや悲しみ、恨みといった感情が抜け落ちます。
感情のエネルギーである「アストラル体」から分離しているからです。

だから、もし、故人に対して申し訳ない想いがあり、自責の念に駆られている人がいるなら、どうか安心してください。
故人は生前のどんな酷い出来事も、恨んだりしていません。
「恨めしや〜」は、ただの残留思念であり、故人の魂ではありません。

たとえ殺害されたり、誰かの過失で亡くなったとしても、魂の状態では、感情のエネルギーであるアストラル体が無いので、怒りや恨みなど、負の感情を持てないのです。

でも、肉体を離れる瞬間に強い感情が生じると、その場にアストラル体のエネルギーが転写されてしまいます。

地上に肉体とアストラル体を残し、魂は、あの世へ向かいます。

アストラル体はその場へ転写されて残るので、それが見える人たちからは、魂がそこに残って自縛霊(地縛霊)になったと誤解されるわけです。

大切な人を自死で失った人に知っておいてもらいたいことがあります。
大丈夫です。
どんな亡くなり方をしても、魂が自縛霊になることは絶対にありません。
(※ 自縛霊…自分の未練や執着で自分を縛りつけている霊的状態)

自然界は、死を前提として、生命のサイクルがまわっています。
全ての命が等しく尊いのと同様、全ての死も尊いのです。
「不浄の魂」という概念は、人が勝手に作り上げた幻想です。

亡くなり方にルールはありません。

だから、自死でも事故でも、どんな亡くなり方でも、全ての魂は、必ず天国で満たされ、笑顔で過ごしています。(厳密には、すぐに転生してきているのですが、それはまた別の機会に話します。)


死後の世界は、想像を絶するほど、完璧な秩序で整った愛の世界

死後の世界は、怪談話や宗教で言われているようなぼんやりとした世界ではありません。
あらゆる存在が、それぞれの役割を果たし、目的を持って完璧に整えられた高度なエネルギーの世界です。
肉体から離れた魂が迷子になるような、そんな、ずさんな世界ではありません。
完璧な世界です。


念は場所だけでなく、人や物にも宿る

念は強い感情、つまり、アストラル体です。
場所に残るだけでなく、人に飛んでいくこともあります。
いわゆる「生き霊」です。

そして、感情エネルギーは、物にも宿ります。
大切に使われてきた道具には「魂が宿る」と言います。
千羽鶴、千人針など、大切な人の幸せを願う想いは物質に転写され、お守りになります。

逆に、藁人形で知られるように、負の感情を持った人が作ったモノ、強制労働や犯罪思考の人に作られたモノは、その念が転写され、呪物となります。

誰かに料理を作る時は、その人の喜ぶ姿、幸せな様子を思い描きながら作ってください。
それは、その人にとって最高の良薬、エネルギーギフトとなります。


まとめ

Soul(魂): わたしの中心。源(ソース)と直結する純粋な「ただ在る」エネルギー

Causal Body(コーザル体): 魂の目的を記憶する、自分が自分である因果のエネルギー

Mental Body(メンタル体): 思考や精神を司る知的なエネルギー

Astral Body(アストラル体): 感情や欲望を司るエネルギー

Etheric Body(エーテル体): 肉体に最も近く、生命力を伝える網目状のエネルギー

Physical Body(肉体): 物理的エネルギー
  

霊と魂は別物。
霊(幽霊)はアストラル体(感情エネルギー)の残存物。

アストラル体と分離した魂は、負の感情を持たない。
あの世は完璧な愛の世界。
どんな形で亡くなった方も、全ての魂は、あの世で至福に満たされています。

死んだらみんな天国です。

地獄なんてありません。

拷問のような非合理的なシステムは人間の発想です。

人生によっては、その追体験が地獄の苦しみとなるかもしれませんが、地獄なんて場所はありません。

死後の世界を理解すると、誰かが見ているからとか、見ていないからという基準ではなく、自分が自分を誇らしく思えるようにと生きられる。
死を恐れて生きるのではなく、向こうへ帰る日が楽しみに思えるほどの、希望を抱き、今を楽しんで生きようと思える。

この知識は、今回の人生の価値を高める。

そう思いませんか?



私の作ったお守りです。ちゃっかり宣伝です。


昔の動画なので、音質が悪いですが。


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