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心の余裕がないときは

『心がさもしい。』


最近ときどき自分に抱く感情だ。

将来のことを考えすぎるあまり 
なんだか少しだけ以前よりも
心の容量が狭くなった気がしている。

『前はもっと周りの人のことを考えていなかったか?』
『前はもっとボランティア精神があったよな?』

心がさもしくなったのはなんでだろうか。

理由はいくつかある。

1つは子どもが生まれたから。
守るものが増えたとでもいうのだろうか。

子どもが生まれたことで『自分の将来』の
重要度は少し下がったが、

その分『子どもの将来』に対しての
重要度が上がった。

自分はいいけど、子どもたちには
人生の楽しさ、美しさを知ってもらいたいと思う。

2つ目の理由は
費用対効果を考えるようになったこと。
費用対効果とは
『かけたコストに対して、どれくらい効果を得られたか』ということだけれど、
昨今ではコスパやタイパと呼ばれるものだ。

お金や時間、自分の体力などの資源をどこに使うのがいちばん効率がいいのか。
そんなことを日々考えているからだ。

3つ目は
世の中がその様な状態だということ。
自分だけでなく、『日本』でみた場合でも
将来の不安、コスパタイパの重要視、物価高など。
一部の富裕層を除いて、
みんな自分のことで精一杯な感じがする。
みんなイライラしている。
みんな不安を感じている。

みんなって誰だ。笑


ミニマリズムの浸透によって
自分自身も物の断捨離や整理を行った。
部屋が片づくと心が『整う』感じがして、
自分に本当に必要なものがわかる気がする。

それと同時に自分の心は
『物では満たされない』ことを知った。

お菓子が大好きな子どもが
お菓子では心が満たされないと知った時

ゲームが大好きなおじさんが
ゲームでは心が満たされないと知った時

バッグやアクセサリーが好きな女性が
バッグやアクセサリーでは心が満たされないと知った時

いったいなんなら心が満たされるだろうか。


こういうとき僕は旅をする。

旅先ではどんな人に出会うかわからない。
どんなものに出会うかわからない。

自分よりもっと心がさもしい人に出会うかもしれないし、
心に余裕がある素敵な人に出会うかもしれない。

またホテルや外食っていうのも
こちらがお金を払い、サービスとして対価を返してくれているので、接客態度があまりにも酷い場合を除いて、そこにさもしさを感じることはあまりない。
(ときどきめっちゃさもしくなる体験もありますが全力で目を瞑ります)

だから普段は外食否定派の僕も
旅行の際は、
『旅行に来なければ食べることができなかった特別なもの』という認識で外食することを
受け入れる。

旅行というのは
言わば1日だけ『富裕層体験』といったところだ。
富裕層は心に余裕がある。
中には余裕のない人もいるだろうが、
将来に対するお金の心配をしなくていいだけで、かなり不安が減ることは間違いない。
(お金を取られたりするかもしれない富裕層ならではの不安もあるかもしれないが)

それを1日だけ体感するのだ。
夕食を誰かにつくってもらって
自宅の風呂より広々な大浴場で風呂に入り
誰かが整えてくれた清潔な布団で体を休め
朝食にビュッフェを食べてみてもいいだろう。

そしてここに対価としてお金を払う。
お金を払って、サービスを受けているわけだが、誰かにサービスをしてもらうと
自分も誰かになにかをしてあげたい気分になったりする。

『返報性の法則』というやつである。
人は誰かになにかをしてもらうと、それを返したくなるのだ。

この返報性の法則をあえて発生させる。
それが旅行をする意義とも言える。
時間や仕事に追われずに
普段よりしっかり食事や睡眠をとることによって、そのありがたみを実感できる。

読書もまた『知の旅』と言える。
いままでにない考え方やものの見方に出会えるからだ。


心がさもしくなったら
旅に出よう。
新しいものに触れる機会をつくれば
少しだけ自分の世界が、
自分の心が広がるかもしれません。

あまりお金を使いすぎると
財布の中身を見て、また少し
さもしくなるので
予算を決めてしっかり楽しみましょう笑

さもしさを乗り越えろ!✈️𓈒𓂂𓏸


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