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十種神宝が今の日本に必要なわけ

ピラミッドの真の姿は「立体の十種神宝」なのだということを2022年3月に教わった。いったいどういう意味なのか。十種神宝とは何なのか?


十種神宝とは

十種神宝についての情報をAIにまとめてもらった。

「十種神宝(とくさのかんだから)」は、日本神話の中でも特に古代の霊的・呪術的な要素が色濃く残る秘宝で、死者をも蘇らせる力を持つとされる神宝。主に『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』に記されており、物部氏が伝承していたとされている。
🔷 十種神宝とは?
物部氏の祖神・ニギハヤヒ命が、天から地上に降臨した際に天神(高天原の神)から授けられた十種類の霊宝のこと。
これらの宝は、「まつりごと」や「鎮魂(たましずめ)」などに用いられたとされ、呪術的な性格が強い神宝と考えられている。
🔷 十種の神宝の一覧
番号神宝の名前読み方特徴・意味合い(諸説あり)
1沖津鏡おきつかがみ/天と通じる神鏡
2辺津鏡へつかがみ/現世を映す神鏡
3八握剣やつかのつるぎ/八握=長大な霊剣
4生玉いくたま/命を司る霊玉(生気)
5死返玉まかるがえしのたま/死者を蘇らせるとされる玉
6足玉たるたま/足る・満ちる=豊穣や充足を意味
7道返玉ちがえしのたま/邪を退ける・進路を変える玉
8蛇比礼おろちのひれ/蛇の霊力を宿す布(ヒレ)
9蜂比礼はちのひれ/蜂の霊力を宿す布(ヒレ)
10品物之比礼くさぐさのひれ./様々な力を宿す神布
※「比礼(ひれ)」は、古代の祭祀用の布で、霊力のある装身具。神に捧げたり、霊的な結界や浄化に用いたとされる。
🔷 鎮魂詞(ちんこんふ)
この十種神宝を使う際に唱えるとされる祝詞(のりと)があり、その一部が『先代旧事本紀』に記されている。
「ひとつは 生玉に坐せる まかる神をも まかるがえしに かむいぶき いぶかしにいぶきいぶかし……」
この「いぶき」という言葉は「息吹」「生命エネルギー」と関係するとされ、死者を生き返らせる霊力を吹き込む儀式と解釈されている。
🔷 関連する思想・信仰
・鎮魂(たましずめ)の原初形:魂の動揺や離脱を鎮め、身体に留めるための呪術
・復活・蘇生の象徴:特に「死返玉」により、死者を生き返らせることができると信じられた
・物部氏の神宝信仰:十種神宝は物部氏の氏神信仰の中心であり、大和朝廷における霊的権威の一端を担っていた
🔷 現代的な解釈や活用スピリチュアルな文脈では、十種神宝をチャクラやエネルギーのシンボルとして扱う人もいる。特に以下のようなテーマに結びつけて解釈されることがある。
・生命エネルギーの復活
・波動修正や魂の調律
・魂の記憶や霊的ルーツとの再接続
・聖なる布(ヒレ)=波動フィールドの拡張

AIによる十種神宝まとめ

宇宙創造原理:十種神宝

私が十種神宝の教えを賜ったのは2019年のことで、元号が令和に移った年だった。天皇だけが一子相伝で伝えられたという秘儀が一部なりとも公開されたのには、代表をはじめとする上層部の並々ならぬ決意があったと聞く。

「民が神となる時代」
今はそういう時代なのだと教官は言葉を幾重にも重ねた。十種神宝とは言霊の究極奥義であり天皇のみに伝えられた宇宙創造原理である。だからこそ、その教えは細い糸であり、維新後一旦途絶えた経緯がある。伝承者が息絶える前に次世代の民=神に継がねばならぬ。何百人かに教えを説き、その中の何十人かが実践をつづけられるように。

十種神宝「人類の帝王学」講義について

そんな中で何かが起きる切迫した空気感を私なりに感じ取っていた。案の定その年の終わりに中国で新種のウィルスが発生したというネットニュースをみて「これが来てしまうのか」と予感した。そのほか地震、山火事、地軸移動、太陽フレア、フォトンベルト、隕石衝突、移民問題、環境問題、食糧問題など人類および日本の危機は今も続いている。

こうした危機の時代に公開された十種神宝にはどんな秘密が隠されているのだろうか。

十種神宝の基本情報

私が初めて十種神宝の存在を知ったのは『ホツマツタヱ』だが、その中で述べられている十種神宝は次の10種類である。

十種神宝の中身

おきつかかみ
へつかかみ
むらくもつるぎ
うなるたま
たまがえしたま
ちたるたま
みちあかしたま
おろちひれ
ははちしむひれ
このはひれ

この十種の中身を大きく分けてみると
おきつかかみとへつかかみの二つは「」。
むらくもつるぎ 一つのみ「」。
うなるたま、たまがえしたま、ちたるたま、みちあかしたまの四つは「」。
おろちひれ、ははちしむひれ、このはひれの三つは「領巾」となる。

「鏡」と「剣」と「玉」なので三種の神器にと同じ。けれども、明らかに異なる部分が「領巾」になる。十種神宝の使い方と効用についても「ゆらゆらと振るえ。さすればまかりし人も甦る」との記述がある。「領巾」というのは祓いの意味もあり、つまり十種神宝は、ハッキリと呪術として使われるということがわかる。三種の神器は三貴神により国を建て守ることを象徴するモノザネであることとの働きの違いがみられる。

「空みつ大和の国」という魅力的な言葉で有名な天孫降臨と天孫ホアカリの概要をまずはお伝えする。

アスカの宮を治める天孫ホアカリ

大祓祝詞を作ったのはアマノコヤネという神だが、その父の名をココトムスビという。カスガ殿と呼ばれたのはアスカのカスガの地を治めていたからだ。このココトムスビが年を取ったので政務をアマキミに返したいとアマテルカミに申し出ていた。

アマテルカミは時のアマキミであるオシホミミに打診すると、オシホミミは長男のホアカリをアスカに送り込んだ。古からの習わしにより、ヱ神(兄神)は西日本を治め、ト神(弟神)が東日本を治める慣習に従った。後に弟のニニギは三種宝を授かり、関東の地に宮を建てる。

十種神宝は天孫ホアカリがアスカに天下る時、ト祖の天津神に授けられた神宝である。

十種神宝祝場:香久山築山

十種神宝を授かったホアカリは、東のヒタカミを出て伊豆の岬からいわくす船に乗り、大和の地に降り立った。

天香久山(AC mrFiveさん)

そして富士山を模した香久山をすぐに築山した。ニニギが開発した灌漑農業が盛んになってきており、田を拓いたり、川から水を引いたり、山を作るなどの土木工事が各地で行われた。津軽にも、春日の地にも、四国にも田や農村が開かれ、コメが沢山採れたのでこの時代人口が爆発的に増えた。ホアカリもアスカ川を流し、香久山をつくり、最終的に香久山に宮を移したのでカグヤマヲキミと呼ばれるようになった。

宮下文書によればタカミムスビ(神農)の第5子のクニトコタチ(ヱ祖)は富士山より西側を、第七子のクニサツチ(ト祖)が富士山より東をというように分かれて治め、東の国を富士王朝の高天としていた。
イサナキ、イサナミの時代に両国は一つになりアマテルが富士山麓で治め、オシホミミが皇位継承したが、タカミムスビを継いだタカギが補佐する摂政統治がうまく行き届かず全国的な内乱状態を引き起こすこととなった。

鎮圧後再び東日本と西日本は分かれ、富士山麓を弟(ト神)ニニギがヱ神の璽である三種を、ヤマトを兄(ヱ神)のホアカリがト神の璽である十種を、皇位継承の証としてそれぞれ持って治めた。オシホミミの時代に内乱が起きたことへの反省もあり、日本は古の習わしに従い、大地の陰陽バランスを整えるためにも東西に分かれて治めるが良いとの判断があった。

兄弟の仲はすこぶる良好だったことがホツマツタウェでは強調されている。けれど、当時の高天はあくまでも富士山麓にあったわけで、ホアカリにとっては「地方統治」というイメージがあっただろうことは想像できる。両国のバランスを取るには、自分が生まれ育った懐かしい富士山に値する山が、ヤマトにも必要だとホアカリが考えたとしても不思議はない。

ニニギが「逸の神」とほめそやされる一方で、ホアカリについては宮を短期間に二回も移したことで誹りを受けるような記述もあり、神話の中で軽んじられている。ただ、十種神宝だけはニニギが持っていないモノザネだった。香久山を築いたホアカリは、さっそく十種神宝でご神事を行っただろうことが香久山の祭祀場跡などから想像できる。

2017年6月 香久山神社境内 祭祀に使われた木

日本のピラミッドを最初に発見した酒井勝軍氏の見解では、日本のピラミッドの方がエジプトより古く数も多いとのこと。ただ、温暖多雨気候のため樹が育ち山にしか見えないのだと。香久山もピラミッドであったと考えれられる。

十種神宝を巡る陰謀

ホアカリは最初「斑鳩」に降臨した。大物主の役職を継いだ事代主は、アスカ宮の最初の剣臣つるぎとみ(右大臣)であり、鏡臣かがみとみ(左大臣)を務めたのがアマノコヤネだった。十種神宝のご神事を行うための香久山を作ることを提案し、奉行したのはアマノコヤネである。

そんな矢先、ホアカリはアマノコヤネや大物主の反対を押し切って斑鳩の宮からアスカへの宮写しを強行した。「宮写しが早すぎる」として反対したアマノコヤネと大物主はその時大臣を退いている。大臣の後を継いだのが、剣臣として富士王朝から連れてきたカグヤマツミで、鏡臣は7代タカミムスビの第三子フトタマという。

「汝(フトタマ)の心の穢れによって君(ホアカリ)の道が曲がるならば、我々はここにはいるわけにはいかない」と温厚な大物主が珍しく語気を荒げて大臣職を辞した。アスカ宮移しを進言したのはホアカリの幼いころからの臣であったフトタマであったようだ。彼らは大臣職を手に入れようと策略を仕掛けアマノコヤネを退けて、十種神宝の祭祀を司る左大臣に就いた。

ホアカリに後継者が生まれなかったので、まずは剣の右大臣カグヤマツミの孫であるタカクラシタが養子に選ばれた。しかし、新しい妃であるフトタマの孫娘ハツセ姫によりタカクラシタは追い出されてしまう。これに怒ったホアカリはハツセ姫を離縁し、宮を香久山に移してしまった。

2017年6月 香久山神社

香久山の祭主はアマノコヤネが大臣を辞してからもその系譜が続いていた。そもそもアスカの地はホアカリ以前には、コヤネの父ココトムスビが治めていた土地でありその息子であるアマノコヤネを追い落とし、鏡の左大臣の座を奪ったフトタマなので、前大臣アマノコヤネの息のかかった香久山を宮にするなどありえない。

アスカ宮への遷宮を推し進めたであろうフトタマは、自分の血統でないタカクラシタを追い落とした黒幕であり、そのことに感づいたホアカリが香久山に逃げ込んだので、かなり焦ったであろう。その後まもなくホアカリは死んてしまう。

十種神宝の効果測定のための死か、陰謀か?

十種神宝を授かったホアカリは、跡継ぎも残さず死んだと記されている。陰謀渦巻く環境で命の危険も感じていただろう。結果として存在を消されてしまうのだが、十種神宝を授かっておきながらミスミス死んだままになるだろうか。

ものすごくエキセントリックな性格だったとして、自分自身でト神の璽である十種神宝の威力を試してみようと考えた、と考えられなくもない。
十種神宝の神官に対し「もし自分の身に何かあったら、ぜひ十種神宝を使ってくれ」みたいな申し送りもあっただろう。

十種神宝の呪法による成果として「病あれば快癒し命を長らえる」「人が生き返る」というものが遺っているところを見ても、実際に誰かがその体験をしたであろうことがうかがえる。ホアカリ自身がそれを証明して見せたのかもしれない。

神通力が備わる十種類の神具についてもう少し調べよう。

天孫降臨以前の十種神宝にまつわる伝説

十種神宝の十種類を大きく分けると「鏡」と「剣」と「玉」と「領巾」なわけだが、今に伝わる「罷りし人も甦る(まかりしひともよみがえる)」という部分をまず掘り下げる。

アマテルカミの御神託を得る時の様子がホツマツタウェに描かれている。
御神託の席ではまず場を整える必要がある。御神託を得るわけなので、しっかりと結界を張り、神がかりする依り代や、神の言葉を記録する役目、罹った神が本物かどうかを審神者する必要があった。御神託の一連の流れを「かかんのんてん」という。「かかん」役、「のん」役、「てん」役各2名づつが配置された。

「かかん」は「神憑り」のこと。神をおろす役割。
「のん」は祝詞、もしくは神罹った人が語る詞。
「てん」は記録することであり、審神者の働き。こうした役割の中で「かかん」役を務めたのがココトムスビという、今でも御祈祷の際に奏上されるお祓いの言葉を下ろした、かの有名なアマノコヤネノミコトの父親である。

このココトムスビ(カスガ殿)は、ココストの道を極め、タマガエシの術を発明したので「ココトムスビ」という讃え名を与えられた。タマガエシは、富士王朝の全国的騒乱の際に初めて使用された。行ったのはタケミカヅチ、フツヌシ、ツワモノヌシという三名である。

人のようで人でない化け物のようにねじけたヒューマノイドを、まっとうな人間として甦らせる術だったことが読み取れる。当時には、地球生物と宇宙人種を掛け合わせた奴隷人間を作るために遺伝子実験などが横行しており猿人間・狐人間・爬虫類人間みたいな人が多くいたようだ。

タマガエシとは、人間としては満足いきかねる結果となり反乱を起こした存在の遺伝子を、一旦ほぐして魂の緒を結びなおす一種の遺伝子操作であった。

マカルガエシの玉の図

十種神宝の中にココトムスビの「たまがえし玉」の名が見える。先代旧事本義では「罷る返しの玉」となっている。これが、ココトムスビの奥義の一部としてアスカを継ぐホアカリに奉納されたのだった。ホアカリの最初の鏡臣は、もともと大和の地に拠点を持っていたココトムスビの子アマノコヤネであり、彼は家の奥義であるタマガエシを含む神宝の祭祀を行うために大臣職に就いたのだった。

命も創造できる領巾

タマガエシの呪法ではタマガエシの玉だけでなく「四つの玉」がカギを握る。「うなる玉」はアストラル体、「たまがえし玉」はメンタル体、「ちたる玉」エーテル体、「みちあかし玉」はコーザル体ともいえるし、和魂、荒魂、幸魂、奇魂ということもできる。すべての玉が出そろうことで、この地球でまっとうに生きられる。

おきつ鏡は137億光年向こうにある宇宙の果てまでの外世界であり、へつ鏡は地球の物質世界を指し、二つは対称性を持っている。地球で起きることは宇宙でも起きている。

剣はわが身や魂を現す玉と、環境を現す鏡との間に渡しかける橋となる。

そして「領巾」の力でおきつ鏡をへつ鏡に映し出し現実創造する。ココトムスビという神は、言霊の神でもある。息子が祝詞を下ろしたことでも詞に強い系譜であると分かるが、十種神宝の「領巾」とは言葉による祓いや創造を担っている。

日本語とは宇宙の言葉である。宇宙の星々の周波数である父韻(おろちひれ)が、地球の周波数である母音(ははちしむひれ)と交わって地球上のあらゆる創造物(このはひれ)が生まれる。言葉によって人も物も創造される。

そのような力が言葉にあるという事を私たちは忘れてしまっていて、言葉は乱れている。言葉によってあらゆるものが創造できるとしたら、正しく言葉を使うものは、それだけですでに「神」といえる。旧約聖書にみられる神は、人間が神になることを赦さず言葉がバラバラにされたと書かれている。ことばが乱れるだけで低い次元に押し込められているのが人間という事になる。

「領巾」という神具により言葉が整理されて、乱れのない言葉の周波数が周囲に伝わる。そして現実として具現化する。領巾はあらゆるものの創造を担う。

十種神宝とトの教え

ト祖の天津神とは富士王朝を拓いたクニサツチであり、十種神宝をト神の璽としていた。

なぜ、十種神宝のような秘儀の道具を「ト祖 クニサツチ」が「ト神 ニニギ」にではなく「ヱ神 ホアカリ」に授けたのか。西日本を治めるものとして、東日本と共通の「魂・教え」が西日本にも必要だと考えられたからなのだろうか。

地殻変動と気候変動

約12000年前の地殻変動により、日本の神々は大陸へ移動した。連動して富士山も活動していたので、タカミムスビやクニトコタチ、クニサツチが日本に戻ったのは、何千年も経ってからのこと。氷期にあった日本が次第に今の地形を整える中、1万年前ぐらいから気候温暖化に伴い縄文海進が始まっていた。神々が日本に向かったのは、新富士火山が形成されてからの事になる。噴火により周囲の山々を覆い美しい稜線を描く蓬莱山(はらやま)つまり富士山にクニサツチの王朝が開かれた。

2021年10月 富士山

ト祖クニサツチのトの教え

富士王朝を開いた「ト祖(とおや)」クニサツチは、富士山(はらやま)に宿り、富士山と一体化して降ろした「トの教え」をもって民を治めていた。はらやま、つまり”富士山”と一体化する「ト神」が富士王朝の魂の象徴として常に共にある。しかし、「トの教え」が行きわたらぬところでは、反逆者が暴れ、国を攻めてくるという大乱を経験していた。

兄クニトコタチが祖神として開いた国である大和の地にも、「トの教え」の分け御霊として「トのしるし神璽」があれば、民の反抗もなくよく収まると神々は考えた。それで「トの教え」の分霊としての十種神宝を、ヱ神ホアカリに授けて派遣した。見方によれば、東日本と西日本をもう一度統合する試みだったともいえる。

ホツマツタヱには「トの教えは国が長く続く宝」とある。国さえも永遠不滅に生きながらえるほど「トの教え」は威力があるというのだ。倭(やまと)の「と」は「トの教え」としている。
大和の地もまた末永く続くことを祈り「トのしるし神璽」として、ヱ神ホアカリに十種神宝が授けられた。「ト」は「十」と見ることができる。そして大和魂の原型となる。

大和魂の基

大和のこころの基ともいえる「トの教え」とは、どのようなものなのか。
イサナキ・イサナミの二神が、国の統治原理の象徴としたものが「ト・ホコ」だとされる。「ト」は一番大切な魂・玉であり、「ホコ」はトの教えに逆らうものを平らげる知恵の剣の働きを示すという。

イサナキは東の国に生まれ、イサナミは西の国に生まれたが、この二神の結婚により日本は一つの国となった。そしてアマテルカミが生まれ、「鏡」が統治原理に加わった。鏡はクニタミのようすを映す鏡で、民の集合意識を読み取るモノザネである。

三種神器がこうして揃ったが、その意味は、玉という建国の魂・神の意志と鏡に映ったクニタミとその二つをつなぐ知恵としての剣がそろっていることが大事だということ。剣は戦いのためではなく両者をつなぐはしごとして使う教えが「トの教え」。そもそも逆矛といって、諸刃の剣の形をしており、相手を斬ることは自分を切ることとおなじであり、痛み分けという意味を持っているのが矛の思想なのである。

「ゐせ」といえばアマテルカミのことを指すが、それはアマテルカミが「ゐせのみち」を説いたから。アマテルカミが説いたゐせの道こそ「トの教え」のみちとなる。天と地、陰と陽、男と女という分離した二つのものを合わせる時に使う「と」という助詞のあり方が、日本の魂を表しているということ。

大和魂というのは、「いや・ま・と」つまり、「真」の「と」こそ「いやさかの道」、ということ。「私か、私以外か」ではなく、「私と、私意外と」というもの。

「トの印」としての十種神宝に託された思いは「東日本と西日本」とか「日本と外国」とか、分け隔てるものを仲良く調和させる知恵。もともと地球上の言葉は一つであり、分けられてしまった世界から、元に戻ることを神々も望んだのだとわかる。

このような意図を持っていたト祖クニサツチから十種神宝を授けられたホアカリは、大和で日本を統べるという志を立てた。そして日本を象徴する富士山に似せた香久山(橘山)で祝を行ったのだ。

しかし、ホアカリの日本統一の志はその時点では頓挫した。「うごめくけがれたもの」を一掃する必要があった。「トの印」はホアカリからニギハヤヒへ、ウマシマチへと渡り、神武天皇へとリレーされて2000年以上皇統が途絶えていない国として今があるところから、十種神宝の効用がどんなものだったのか、少し垣間見える気がする。

十種神宝は何を担ったか

ホアカリが、霊峰富士山に比肩する山を大和につくり、そこで十種神宝をもち祈ったことは、「東西日本統一」ではなかったか。

十種神宝祝詞には、その効用が述べられている。「病が快癒する」「長生きする」「死んだ人が甦える」というそのために祝詞が詠まれる。これまで見てきた意味でいえば十種神宝はヒトだけでなく国としての「日本が死んでも死なない国となるための神具」だったのではないかと見えてくる。

だとしたら、地球をけん引するリーダーとしての日本を再興したい今こそ、必要な神具ではないか。と、そう思える。

この時代、一粒の国民でしかない私にも何かできることはないかと、考えもする。そして毎日の意のりの中で、国を守り地球を守ることもできるのではないかと感じてもいる。

十種神宝がいまとても重要であるということがちょっとわかってきたなかで、次回は、私が受け取った十種神宝に関する、現在進行形の体験やギフトについてシェアしたい。

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