転生せずに満たされた件
『空は動かず。海は動かず。されど雲波は変わり続ける。それはゆくえ定めぬ旅人の如し。それは飲めば飲むほど渇きおぼえる欲が如し』
「現世(過去)に求めずともわたつみであり常世(約束の地)にあったと」
『・・ええ。表面ばかり、外ばかりに意識を向けておりました。でも事実は違う。霊止(ひと)とはすべてのすべてが内に備わっている』
「いわゆる大人となった霊止は、″すべては変化するもの″と考える。そのうえで対象がなんであれ、〇〇はこうだ!と決めつけたまま、その観念を固定し、自分自身を縛り付けていることに気づいていない者もおられる」
『そうですね。でもその方々のおかげで。あらゆる段階の方々が存在しているように見えるおかげで。私は″わたし″(ひとつ)に満ちるのです』
「雲(思考)を追いかけてもよいのだよ。波(欲)を飲んでもよいのだよ」
『・・・いえ。視座が変わるとそこにはもういられません』
「花でありながら、花でも土でもなかったのかね」
『花も楽しきです😂・・ですが、花はそれ単独では成り立たず、また土も。連鎖などと学びましたが、現世に存在しているように映るその存在自体が、映像(変化)であり、その変化は背景にスクリーン(完全)なく存在できません。つまりは霊止(ひと)の大好きな意味付けも勝ち負けも食物連鎖も、変わり続ける雲。求めるほど足らない現象となる海水。霊止はそれら変化し続けるものにあらず。言葉の領域では″在る″(空、無、無我、無私など)が限界です。現世のもの(思考や身体)では常世を理解できませんから』
「生も死もなき完全をしる。それでも。″私″(自我)は。その個人がいるという概念が幻でも。つまりは、現が無でも存在していたい」
『あはっ😆なにも否定できません💗なにかを否定できるとすれば否定という観念を持つ誰かさんだけです。またそれも奇跡(あい)✨』
「あなたという心(鏡)についた観念(穢れ)は落ちる。事実では。穢れた者などどこにも存在せず。ただただ″和″は広がっており、あいのみうごく」
『和來・・。神は個人じゃない。それでもすべての現われは神の顕れ。あ。また今日も。いとしき神の子が節分の準備を。至福は内』
「おおらかに。ほがらかに。にこやかに。ほんとうのあなたはいつも笑う」
『本来の姿が、バレンタイン前にバレたみたい💖😍✨』
「ダジャレかね?韻かね?RAPかね?」
『DJ KOOでなく、DJ 空(くー)です🤣🤣🤣』
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