そのままで悟空
「まず。聖心に目覚めさない。それからせかいであそぶといい」
『ストレス無縁。疲れる、ということも消え。思考も。思考も。安らぎからその物語を観照できる。まさしく、空。在る。遊ぶ💖』
「くう。ねる。あそぶ。でもいい」
『それだと人間じゃないですか😆』
「人間とはきせきのあいだね。自我も真我も味わえる。在るだけで、全身にここちよいエネルギーまで。古神道ではそのままで神」
『たしか。その文献ではこのように』
「きこう。おもいだす者もいるかもしれない」
『人間は生まれながらにして美しい心をもっている。みずからの心の在り方が周囲に現れる。個の解脱が全の実現であるという真理は、からだのそれぞれの部位にも当てはまる。などなど』
「人間は人間であるゆえに、どのように考えても自由だ。あなたが考える通りにしか意味つけできない。ここはあなたの観念通り経験できる。だが常に美しいままの聖心についた観念が現れるかがみのせかいゆえ、自分で自分を卑小だとするならそのようにせかいはなる。あなたがあなた自身でちっぽけな存在だというならそうだろう」
『わたしたちはしるもの言わず。ですからね。神の子である霊止、人間がちっぽけな存在であるはずないのですが・・』
「霊止の身体は大宇宙の写しよ。卑小なはずなかろう。どこまでもフラクタル。絶対の無限。完全。だが。観念がそのように自覚させる。自我さんが。思考さんが。”私はただの人間だから”などと」
『至福のひかりを自らのまんなかにぶらさげたまま、しあわせはどこ?どこにあるの?と言っているようなものですからね。聖心はいまもなにひとつ変わらず。あたたかなありのままのあなたですから』
あなたいろ そまるせかいに いついつも
澄みわたるまる そらまるで君
安心するといい
いつも
あなたは
空に在る
だから
存分に
色を味わいなさい
おもいのこすこと
なきように
おもりせおうこと
なきように
いつでも
ぜろから
はじめるといい
いつでも
ぜろに
くうに
あなたは
みたされているのだから
「古神道は身体におもきをおいたが、仏教は空におもきをおいた。両者はなんら間違ってはいない。だが。在るは。聖書までをも統一した。在るは自我の非実在性を説き、なにひとつ分離はないと説き、個の意識を絶対意識に拡大させた。観照が観照に気づき。気づきが気づきそのものに気づくまで」
『苦しんでいるのは幻想せかいの役割に成りきっちゃってるからよ。ありのままのじぶんをおもいだして😍』
「大丈夫だ。完璧に学んでいる。おもいださずとも。実在はきえない」
『あ。そうでした💦完全に救われた世界。つい。生き辛いなら、わたしみたいに目覚めなさいっていっちゃいました😅』
「それも決まっていた。なんら捕らわれることはない。気づいてまた。みまもるだけでいいのだから」
『あらゆるものは、もうあいですものね🎵』
「霊力、神力、超自然力。名はどう呼んでもよいが。人間はみなそのちからが宿る」
『自我シールドに妨げられて、ご自身が気づいてないパターンも💦』
「楽しんでるのさ。ひとつだけなのに分離があるというきせきを」
『空でなく食う。宇宙我でなく、夢中我✨』
「幻想せかいは幻想ゆえにみまもるだけでいい。そのままであい💚」
『今回のなぞのタイトルは?』
「自我は存在しないゆえに。悟る者、悟りは存在しない。同時にだれもが悟っている」
『すべて神仏の顕れ。真理はなにひとつわかれてないということですね』
「釈迦もブッダもイエスも理解していた。”これは私がやっていない”と」
『聖心は己の身体すら。思考すら。ただみまもる。放っておく。そうすることで、真我は。聖心は。本来の輝きをせかいへ写し出す』
「解脱だよ。自我は4に。ほんもののあなただけになる。絶対の0と1だ」
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あなたにいつも拈華微笑💖