くうぃきぺでぃあ
『空って、結局なんなんです?』
「Wikipedia 的には、″我体・本体・実体と称すべきものがなく空しい″などと説明されておるの」
『なんか難しそう😨』
「もちろん間違いではない。だが。それだけだと″全部ムダ″、″どうせ幻想だし″みたいな虚無にもきこえやすい」
『たしかに。″じゃあ何もないじゃん″ってなりますね』
「本来の″空″は、″無″というより、″固定された境界がない″に近い」
『境界?』
「この世界には、″単独で存在できるもの″がひとつもみあたらんのじゃ」
『え?』
「花は土や水や太陽なしでは咲かん。人も、空気や食べ物や誰かとの関わりなしには生きられん」
『たしかに・・』
「身体も細胞の集合。思考も、言葉も、過去の経験や世界の影響の流れ」
『″完全に独立した私″って、探すと曖昧ですね😨』
「縁起、相互依存、流動性。無常。そういう方向へ自然に開いていく」
『なるほど』
「映画館を想像してみるとよい」
『🙄』
「スクリーンには、戦争も恋愛も、怒りも涙も映る」
『人生フル上映中🎬』
「映像はハゲしく動く。泣き、笑い、壊れ、また変わる」
『それが自我とか″色″ですか』
「そしてスクリーンそのものは、映像によって傷つかん」
『あー・・』
「燃えるシーンが映っても、スクリーンは燃えんからの」
『なるほど』
「空や真我とは、そのスクリーンに近い」
『でも人は映像のほうを″私″だと思ってる?』
「そこで裏方の霊くんの出番じゃ」
『裏方🤣』
「″あれ? 映像は変わり続けるのに、それを見ておる何かは変わっておらんのでは?″と、ふと気づき始めた存在じゃな」
『・・・』
「だが。ここで″映像を消そう″とする必要はない」
『え?』
「晴れも曇りも、生も死も、愛も恐れも。すべてスクリーンの内側に現れておるからじゃ」
『排除しない?』
「うむ。空とは、″何もない″ではなく、″何も排除されない″に近い」
『そのほうが、なんか温かいですね💚』
「実体がない、だけでは温度が消えるからのう」
『なるほど』
「ぬくもりなく。映像は流れん。💩は水に流れてもの」
『ちょ💦』
「もし。いま眉をひそめた″誰か″がおるなら。それが観念であり、自我を通してみておる″私″というカゲじゃの」
『えーっ💦私カゲなの??』
「だってあなた(本体)は、映像になんら影響されないスクリーンであるからのう」
『・・・』
「そこはまぶしすぎて。あたたかすぎて。眉をひそめるどころか。ほほを染めるかもしれん💛」
『丸ハダカにされた感じ?😆』
「グラビアカレンダーにサレンダーかもの」
『なんかエロい🤣』
「ゆえに禅では、詩や茶やわらいが重んじられたのかもしれん」
『説明だけじゃ届かない?』
「説明しすぎると、空まで思想や概念になる」
『あー😨』
「なので最後は🍟じゃ」
『イモすぎる🤣』
「コーラ🥤でもよい。値上がりするがのう」
『現実に着地🤣』
「しかしスクリーンはまったく動いてないぞよ」
『カミ芝居😇✨』
「あなたの内側で上映される壮大なコメディかもの」
『✨』
「あこがれるのをやめましょう、じゃ」
『急に大谷ショーヘイ🤣』
「あこがれた瞬間、もう分離をつくりだしてしまう。その必要はない。あこがれるいぜん。すでに。あなたはくぅである」
『神聖化、神格化しちゃうともうズレてる、ということですね』
「分離したらもうそれは。🍟と🥤じゃ」
『映像に上も下もない。そもそもひとつのスクリーン😆』
「わかれてあい、わかれてない」
『どちらでも″くぅいき″にかわらない、と💗』
「いろとしてなき。くぅとしてつつむ」
『あー!そのくらいの温度感ちょうどいいですね✨』
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あなたにいつも拈華微笑💖