ほどけてほとけ
『最近ちょっと、コワばってる気がするんですよね😵💫』
「″コワばる″とは″個は張る″じゃな」
『個を張る?』
「″私″を守ろうとすることじゃ。正しさも、悟りも、全部″私″を固めるために使われる」
『なるほど・・』
「それが境界をつくる」
『じゃあ″ほどける″は?』
「″ほっとける″じゃな」
『ほっとける!?🙄』
「なにも握らぬことじゃ。すると自然にほどけていく」
『ほとけさまって″ほっとけさま″?』
「そうかもしれんの」
『でも仏に会ったら仏を殺せって言いますよね😨』
「″仏″として掴んだ瞬間、もう分かれとるからの」
『え?』
「悟りと私、という分離じゃ。考える″私″がいる限り、到達していない私も生まれる」
『うわぁ・・』
「よくできたシクミじゃろう」
『じゃあ考えなければ?』
「そう言い、また考える」
『あっ😅』
「″考える私″おらぬとき、静けさが現れる」
『なにかに没頭してるときみたいな?』
「そのとき自然と。境界レスに近づいておるじゃろ」
『夢中なとき。自分を忘れてる!・・でも、また考えに没頭しちゃう💦』
「思考さんはそこに″私″をつけ物語にする。これこそ″コワばる″じゃの」
『考えないところに、もう在ったんですね』
「そう。境界レス(ぜんたい)であるあなたはきえない」
『どうすればいいの?』
「まんなかのスペースかの」
『まんなか?』
「思考まえの、透明なとこ」
『・・あ』
「ホソミチのいりぐち。そこはそととおなじ」
『ぜんぶ?』
「もともと。みなそこにおる」
『じゃあ、なんで旅してたの?』
「分かれたかったのじゃろうな」
『・・そこでもう、個を張ってる😆』
「考えたらズレる、と古から伝えられとるのにのぅ」
『📚』
「まなびのためともいう」
『ぜんぶだけだと。分かれることもできない💦』
「分かれなければ。私はなに?をしれぬ。″私おらん!ぜんぶわたしやん!″というオチじゃがの」
『ジョークか😂』
「思考(役)になりきるもまた。人間ゆえ💗」
『相手はいないのに相手になる。すべてはいてくれるだけで・・もう😌』
「相手おらんのに、せかいに″マウント慈悲″じゃ」
『マントヒヒ、みたいにいわない🤣』
『毛が原因で洗い場つまっちゃって💦』
「つまる毛もない」
『それはいいから!』
「案ずるな。詰まっておるのは排水口であって、あなたではない」
『名言みたいに言うな😂』
「ほれ。ラバーカップじゃ」
『ありがとうございます✨』
せっせ💦 せっせ💦
「・・・」
「必死につまりヌキしておったトキ、あなたはどこにおった?」
『排水口しか見てない💧』
「ただ集中してただけ」
『たしかに・・』
「しかし″私″は薄れておった」
『ひとときでも「 」に戻ってた?』
「そもそも、はなれておらん」
『・・・😳』
「思考へもどると。またコワばる」
『ひょっとして・・、私がつまってました!!?』
「ほれ。また″私″をつかんどる」
『あ!😂』
「でもの。いつもその「 」にあるなら、自然とみちる」
『皮一枚うちとそと、みたいな?』
「いや、そもそもない」
『え?』
「″私″という線を引いとるだけじゃ」
『握ってるだけ・・』
「本体は全体なのにのぅ」
『悟りって、特別じゃないんですね』
「なんら。もってない。なのに。みちてる」
『自然と私・・だれかと私・・』
「それもワナじゃな」
『エゴワナ?』
「うむ。エロワナかもしれん💗」
『ハニートラップ的な🤣』
「しかし、そのおかげで」
『?』
「あなたは″だれか″と出会える。あなたは″なにか″と出会える」
『😌💝』
「分かれておらぬものが、分かれたふりする演目のひとつじゃの」
『かがみの舞台みたい✨』
「あなたの観念がデキゴトにうつる」
『だれのせいにもできません😅』
「あいてはおらん。あなたがすべてじゃからの」
『ロンリネスすらロンリレス💙さみしさもまた尊さに変わりますね✨』
「真にあればしぜんと。アラソイゴトもなくなるのじゃよ」
『👩🏽🤝👩🏼✨』
「ヌケたの」
『なにが🙄』
「コワばりが、じゃ」
『💖』
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