それはただ ほほえむ
『自我(個人)が死ぬと、しあわせ(至福)にいたことに気づく💚』
「生きながら死ぬことは可能だ。涅槃。それが在るであり、意識的であれ、無意識であれ、だれもが”それ”をしる。個人はいない、という真実を。生も死も存在しない、という事実を。それでも。あなた(思考、個の私)は存在していたい。自我(個)はどうしても生きていたい」
『ええ。そうなのですが、真我に在ると。個人的な私という存在は雲のようなもので。ほんとうのしあわせ、至福は常に世界と共に』
「にせものがきえると。だれもが平和に在ったことに気づくからね。イライラすることさえも馬鹿らしくなる。愛おしくなる。せかいであなたしか怒っていないのだから」
『一体どれくらい。ほんとうのじぶんではないものに時を使っていたのでしょう。時間や空間すら。在るの内側にあり。無我なるひとつ。すなわちすべての″わたし″の内側で上映されているあい」
「行為者は存在せず。一者しかいない。それは真のいまここでありながら。色即是空のとおり。あなたはいまも。″それ″である」
『自然そのもの。真理とは。なんら境地ではありませんでした』
「ただ、ただ。″それ″は。ほほえむ」
『ほんとうの自由✨✨✨』
『なぜ。生まれたのでしょう』
「よき言葉だね。真実ではなにひとつ生まれても死んでもいないわけだが」
『ですよね😅』
「いちなるものにもどると。いや。いちなるものの状態では。一切、学べないからじゃよ。つまり。分離なく(実際には分離していないが)体験は不可能なのだ。対象が見えているなにかであれみえない霊的ななにかであれ。あなたとだれか、あなたと別のなにか、というものは実在しないからね」
『個人がないなら、故人もまたないのですね💗』
「そう。死んだようにみえる。それは通常の霊止(ひと)からすると消えたかのように映る。ところが。ただいちなるものに帰っただけなのだ。実際には帰ったという表現すら正確ではない。天国へ~という表現すらおかしい。なぜなら。ずっとそこにいたのだから」
『真実には、地獄も存在しないわけですね😆』
「ないよ。観念どおりに経験できる写し世(現世)なのだから。だれもがおもいどおりに経験しているのに、しあわせじゃない者がいるかね?」
『現状の世界が気に入らないなら。観念(考え方)を変えるだけ🎵』
「それだけでは、真理にはもどれぬが。せかいを変えることができるのは、当の本人だけだろう。それが執着であれ、観念であれ、その本人が掴んでいるのだから。また。その他人のようにみえる本人もあなたに変わりないのだ。私とはひとつしかないからね。どうじになんであれ変化の幻想においては。神の子のおもいどおり霊(あい)はうごく」
『・・?霊??』
「ほんとうのあなた(スクリーン)の裏であなただけをみまもっておるものじゃよ。裏も表もないがね。あなたはまだ敵が存在している、地獄がある、などと勝手に思っているのかもしれないが。すべての原因と結果は”あい”であることと同じく。真実のせかいには味方しかいないのである」
『・・なるほど。‟それ‟へもどると。スクリーン裏とも通じやすくなるわけですね🎵』
「そうだね。霊という言葉をここでは使うが。実はそちらが実在であり。そのあいは本来のあなたの本質となんら変わらないものだ。個の意識でなく。絶対意識とよんでいい。無常の自我でなく。常なる真我ということだね」
『無常(変化)でなく・・』
「思考さん(分離)で考えると矛盾しているかのように感じるだろう。まだ考えているのなら。それは幻想であるが、よき兆候でもある」
『・・!うつしよにうつるものが変化するから!?』
「思考なく。身体なく。あなたはあなた(せかい)をしれぬ。感情も。精神も。時間や空間も。心も。外側(幻想)であるが、同時にまた在る(それ)の内側にある」
『すべては・・あい😌』
「自分とはなにか?をしるために霊止は存在する。それすなわち。神とはなにか?をしるために。何をしても自由だが。意味を与えることのできるのはあなただけであり、せかいにはあなたしかいなく、また。すべてのものがあなたである」
『・・みわざ?』
「以前。あなたに真実のせかいには”対象はいない”と云ったね。真理のそこにもどると知識はガラクタになると云ったね」
『ええ。たしかに』
「神とあなた。宇宙とあなた。愛とあなた。他者とあなた。自然とあなた。神とは全知全能だ、という判断。これらは分別してしまっている。境界をつくってしまっている。決めつけ(意味づけ)してしまっている。価値判断してしまっている。それはたんなる観念に変わりない。カタチを変え続ける雲に変わりない。いまのあなたなら。もうわかるね」
『それらは悪いものでも排除するものでもないけど、いちなるもののほほえむ”そこ”には。分別・価値判断・決めつけをする個人はいない。つまり我はない。現世(鏡世)。カガミからガをとればカミのくに😆』
「かえる必要もない。かわらない、ということが真理だ。ここでいうかわらないとは。わからないでありこのせかいとまったく関係ないということであり、真実ではなにもうごいていないということであり、至福そのもの、いのちそのもの、あいそのもの、へいわそのもの、それが聖なる無関心である」
『そこが。ほんとうのいのり🙏赦しですね✨』
「すべての私であり。みえるものみえなきもの含めた存在すべて。絶対無の絶対有。聖心。ほんとうのあなた(真理)のことじゃよ」
『その境地をデフォルトに。いえ、境地でもなんでもないその無為自然を。だって。青空でありながら、雲が流れていくのをただ見守っているようなものですもの♡』
「無我ともいう。空ともいう。真我ともいう。常世ともいう。天国ともいう。空のこころ、空のせかい。太陽のくに、ともいうがね」
『文字も言葉も。知識も教えも。超越したところ、ですね✨』
「それは。ほほえむ」
『家事をしている。学校へいっている。仕事をしている・・』
「真実では。まいにちが休みのようなものだ」
『・・・ですね🤣まんなかでほほえんでいるのですから』
「思考(雲)を追いかけてもよいし、現象せかいで繰り広げられる映画をみていたいのなら、思考(雲)をおいかけてはいけない。‟へや”(聖心)でくつろぎつづけるといい。考えなくとも仙骨が勝手に上映してくれるだろう」
『真実では自我(思考や身体)ではないのに、まるで個人であるかのような分離体験ができる!!・・あいですね💖』
「しるといい。色ばかりにとらわれず空を選択するといい。もどったとき。選択していたのはあなたではない、と気づくだろうから」
『 ✨ 』
いいなと思ったら応援しよう!
あなたにいつも拈華微笑💖