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ぜろといち

『人間だから、人間にとって、人間とは・・』

「あなたとはなにか」

『それを理解するときでしょうか?』

「人間には老いがあり、限りがあり、死がある」

『真実では、それは幻想?』

「言葉や知識、教えではないところに答えはある」

『・・・。まだ考えちゃいます♡』

「あせる必要はないよ。あなたが悟ることはもう決まっている。それでも。はじめのうちは知的理解が先行する。それは仕方ない」

『なるほど。自我の完成こそが成長と思い込んでいたのですから、知的理解することで真理をわかった気になるのは当然ということですね』

「知識は必要だが思考過去に空はない。在るは時間も空間も超えている。まんなかにある聖心あなたのスペースをみつけたかね?あなたの我が家。無。空。真実ほんとうのあなたを」

『・・ええ。たしかに”それ”は在ります』

「それはあなたのまんなかだけでなく、身体の外側にも広がっている」

『・・境界はどこにもない』


「そう。枠や囲い、地平線、境界線、あなたと他を分け隔てるもの。それらはあなたの観念見方による幻想だからね。思考や感情や精神や身体というものはすべて外的なものであり、実際には身体の内側、外側というものはない。今ここであるその在るは内にも外のすべてにもあり、それでいてそのすべてがあなたの内側にあるものである」

『気づきの瞑想、気づきのちからをつけることでそれに気づけました』

「聖心のスペースと同じ無があなたの内側にも外側にも満ちている。それは事実だ。あなたがもしそれを認識したなら。あなたはせかいに満ちていると言えないかね?在るの中に時間や空間が存在しているのだから」

『た、たしかに!』

「真理に戻っていない現状でも知的に理解は可能だろう。心配はいらない。あなたは我が家へ続く光を辿りつつある。もう誰もが我が家にいるといっていい。”それ”はいつも安らいでいるからね」

すべて棄ててごらん
こわがらずに

融け去ってごらん
ぜろに委ねて

そこに
空のやすらぎはあるから

すべて必然であり
すべて決まっている
けど
あなたの束縛は
その決まっているものとの
同一化により起こる

ほんとうの自由は
きえない至福は
真実は

在ることで
開かれる

楽しかったものから
飽けるときも

違和感から
明けるときも

あなたを
開けるときも

いつも
いつでも

あなたから

在るは
常に
見守っている

みえなくとも

在る至福はきえない
在る生命はきえない
在るあいはきえない

あなたという
その在るは消えないから



『おもいだせますか?私は聖心わたしを』

「それは私とはいわない。聖なる自己を。それがそれを認識するまで日常において現れる観念に気づきながら旅のおわりを楽しむといい。日常と瞑想はひとつ。だが。あなたが在るとき。その気づきのちからなくともあなたはすべてに気づいている」

『思考を観ている私がいるのです。もう私は聖心を。この静寂のスペースを失うことはありません』

「いいね。聖心かみのこへ戻りつつある。だが。観ている誰か。考えている誰か。思っている誰か。がそこにいるならそれは完全なる今ここではないよ。すなわち”私”エゴが存在しており、ゆえにそれは在るではない。対象がいることになる。分別していることになる。在るに対象など存在しないのに。私がそこにいるなら。それはイチなるものではないからね」

『・・!無ではない、と。真実と調和していない、と』

「困難だろう。それでも在るを。真理へと進むなら。ほんとうの自由とは何かをしるなら。外側や”私”を見守り続け、分別・価値判断・決めつけや分析をしないことはせかいを救うことになる。しかも完全に」

『完全に💛』

「ほら。また思考との同一化が起こる。思考変化に完全はないよ」

『そうでした🤣』

「だいじょうぶ。それでもあなたは空を見出した。意識は拡大し、存在するものしないもの。実在のあなた。つまり無にあるすべてのすべてという有。そのありのままを、その無為自然を、その沈黙を、その平和を。理解は深まり、この幻想せかい分離とはまったく関係ないところで。だれもが救われていることに気づくだろう。天国は。太陽の国は常に広がっているのだから」






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