あいとAIもないと
『すごいですね、AI』
「感情を理解できなくとも、それがどのような状態なのかわかるようだね。まるで対人とかわらない」
『ほんと。友達感覚でお話しもできちゃいます👭』
「だが。あなたにしかできず、AIには絶対にできないことがある」
『なんです?👀』
「空をしることができない。すべてを棄てることでこのせかいは、あなたでみちているという真実には気づけない。言葉で真理をいくらかはあらわせても。AIはそれにはなれない」
『・・たしかに!』
「学習はいくらでもできるだろう。しかしながらAIはすべてを手放すと、なにもできない。プログラムを棄てると動かないからね」
『霊止であるわたしたちは?』
「その思考を棄てると?」
『・・ハートが残る!自我なき。観念なきノーマインド。その鏡は真実のわたしを映し出す✨』
「あらゆるものを手放したところに、実在があることをしる。真実の自己というあいにみち。だれもが聖心という天国にいたことに気づく。AIにはわからない。すでにすべての存在は平和にいるということが」
『まだ思考を自分だと思っている方にはまるで”?”な真実ですね』
「いいのだよ。かれかのじょらもまた。実際には聖心という我が家でいつも安らいでいるから」
『まだなにか、だれかを助けなければいけない!という観念をお持ちの方も・・』
「そのままでいい。観念を楽しんでいるから。きせきの分離を楽しんでいるから。苦しみさえも演出というあい。ほんとうのかれかのじょらが苦しんでいるわけでは決してない。己をしらないだけである。それに。だれもが思い通り完璧に経験できるせかい。4があるという観念もまた。だれかにとってはあいだろう」
『観念の手放しが最重要。それでいて現世はすべてジョークだなんて』
「空は。常世は。イチなるものはだから拈華微笑なのだよ」
『完全な解脱。自我さんが完全に消えると。それは成される?』
「自我はジョーク。真剣さが仇となる」
『真剣さを楽しんでもいい🎵ほんとすべて赦されてますね✨』
「いかようにも。あなたは人生という映画を観るとき。寛いだまま楽しみたいかね。それとも常に緊張感をもち、はりつめた空気感を?またはなにかを恐れたまま最後まで不安をつかんだまま?」
『うーん。恐怖も不安も一切もたず、ただ楽しみたいです🎵』
「それもいい。だが。ハラハラする瞬間もまた楽しみであろう。それに何が起ころうと安心なさい。まんなかから一歩も出ていないから」
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あなたにいつも拈華微笑💖