きえるとそこにあるもの
『すべて赦されたせかいでした・・』
「そうだね」
『か、かるいですね!』
「うーん。思いとか考えじゃないところのおはなしだからねぇ。どのような言葉にしても真理にはなりえない」
『それでも救いのほうほうに?』
「しらない。わたしはなにもしらない。実在しか」
『そんな💧殺生な💦』
「観念を手放すことが重要とはいえ、自分大好きな人にそんなこと強制できやしないからねぇ。いくら至福とはいえ、自我さんの存在を消してまでまんなかに在る必要もないし」
『なるほど。もう救われてるから・・もう神癒だから・・もう愛だから・・もうソレだから・・と』
「そうそう。完全に自我を消すのはその運命にある方だけで十分。他の御方はそれぞれの目的を楽しめばそれで充分だし。無理して何かやってもやらなくとも、イチなるものはほほえむ👍✨」
『だれもが観念通りの経験を。必然♡』
「まぁ、”どうしても私は自我なんてないことに気づいて真理を観たい!”なんて御方もおられるなら、どうぞどうぞだけど😆」
『とかなんとか書きながら、また全体にあたたかなひかりを・・』
「指示だけね。あとはイチの本質を失わず照らしてる他の者におまかせさ。自動であたたかなひかりを伝えてくれる」
『高次へ指示!絶対意識へのアクセスをゆるされてるからこそ、ですね』
「うーん。それがまたなんとも。我のないところのおはなしだから。個人がなにかをやってるわけではないのよ。あいがあいをというか、ぜんたいがぜんたいをというか。ほんとうの祈りというか」
『おもしろいです。常識やルールを正としてある方々にはまるで異端にきこえるでしょうね🤣🤣🤣』
「その方々のおかげで、だれかは聖なる自己を認識できるのさ」
『・・なるほど。悟ってますね!』
わたしが
そういうと
目の前のわたしは
まるで
ふしぎそうな顔をうかべ
こうこたえた
「わたしはまったく悟ってないよ」
わたしは
こころのなかで
”しまった!そうだった!!”
とつぶやいた
『もし・・私は悟ってるぜぃ!と言っても?』
「もちろんいい。すべて赦されており、すべてはすでに書かれていながらも変えられるから。でも己をしるものは、悟る者など存在しないことを明確にわかっている。それを理解したうえで言うならほんものだろうね」
『・・ほんものもにせものもないけど、となりますよね?』
「なる🤣真理は実在のイチだけであり、ここは言でなく言葉の幻想だからね💖幻想なく真実の自己をしることはできないという所以とも✨」
『みんなでひとつ!きせきのせかい🌏✨』
「物語の役になりきるもよし。舞台をおりてやすらぐもよし」
『みんなでひとつの生命にかわりない、ということですね』
「自我のままでも、自我なくてもね💚」
『自分を知れば、自分はいないことに』
「ははは。御業による神隠し😆」
『どうあっても至福へと💖』
信じられるかい?
すべてあなたなんだ
それは
美そのものではないかい?
すべては
あなたのために
そんざいし
あなたは
すべてのために
そんざいし
ほんとうの
あなたは
そのすべてを
てらしている
むげんの
じつざい
ということを
せかいは
おわらないよ
はじまってもいない
いまここに
すべてあるから
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あなたにいつも拈華微笑💖