私の通勤の帰りというものは、うなだれている。
しがないサラリーマンになって15年、ほとんどの日がそうである。
今日も例に漏れずそうで、小田急線の電車の中で、つり革にもたれていた。
車窓に映った私は、くたびれた本物の方の私を睨み付けていた。
私はそいつから目を反らした。
そいつの向こう側で、急に雨が降り出したの がわかった。
私は、傘を持ち合わせていない事だけにため息を吐くことにした。
私の千歳烏山駅に着き、吐き出されるように電車から押し出された。
コンビニでビニール傘を買っても良いのだが、何かしゃくにさわるので、家内に電話を掛けた。
「駅まで傘持って来て」
「いやよ、雨降ってるもん」
「雨降ってるから頼んでんだよ! 」
「でも・・・」
「ゴジャゴジャ言ってねぇで言う事聞けよ!」
すべてのストレスを家内にぶつけた。
駅の片隅で雨宿りをしていると、いつも居るおばさんを見付けた。
このおばさんは変っていて、いつも傘を持って誰かを待っている。
雨の日はもちろんだが、晴れている日もだ。
晴れている日にも傘を持って待っているので、本当 にいつも傘を持って誰かを待っているのだ。
このおばさんは、みんなから
「傘婆ぁ」
と呼ばれていた。
このおばさんは何の為に、誰の為に傘を持って待っているのか?
私は、何年もの疑問を解決したく、ひまつぶし程度に傘婆ぁに近づいた。
「急に降り出しましたね」
「・・・・・」
「止みそうも無いですね」
「・・・・・」
予想ど うり返事は無かった。
負けじと私は続けた。
「ビニール傘買ってもいいんだけど、なんかねぇ。便利な世の中になりましたけど、どうかと思うんですよね。こうやって雨宿りしながら傘を持って来てくれる人を待つ、情緒があって良いですよねぇ」
「・・・・・」
やはり返事は無かった。
次の言葉をさがしていると、おばさんが泣い ているのが分かった。
「すいません。何か気に障ることでもいいましたか?」
私は急に不安になった。
「いいえ、ごめんなさいね。実は・・・」
傘婆ぁは話し出した。
「実は4年ほど前の今日みたく急に雨が降り出した日にね、主人から「駅まで傘を持って来て」
って電話があったの。
私、めんどくさくって、
「嫌よ、濡れて帰って きなさいよ。急いで帰って来たら、そんなに濡れないんじゃない。」
って言っちゃったの。
主人、本当に急いで帰って来ようとしたみたいなの。
それで家に帰る途中、雨で視界の悪くなった車にはねられちゃって・・・死んじゃったの。私が傘を駅まで持って行ってたら主人は・・・。それから私、主人への償いの為にこうやって傘 を持って毎日ここに立つようにしてるの。」
傘婆ぁは泣きながらもはっきりと話してくれた。
「・・・・・」
私は、次の言葉を見付けることが出来なかった。立ちすくんでいる私の前を、1台の救急車が走り抜けた。
