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大河ドラマ「べらぼう」解説‼️吉原遊女の療養について

やっほー、瑠奈です。

大河ドラマ「べらぼう」第14話にて、松葉屋の寮が登場しておりましたが、
遊女が病気になった際はどのように療養したのか。

本日は簡単に「吉原遊女の療養について」ご紹介いたします。

大河ドラマ「べらぼう」第14話感想はこちら👇


遊女の療養

吉原遊廓という過酷な労働環境の下、不規則で不摂生な生活を強いられた遊女たちは、当然ながら心身を蝕まれ、病気になる者も多く存在しました。

現在放送中の大河ドラマ「べらぼう」第14話では、体調を崩した遊女が「寮」で静養している様子が描かれていました。

しかし、実際にはすべての遊女がそのような手厚い対応を受けられたわけではなく、療養の機会を与えられた者も少なくなかったのです😿



寮で出養生

遊女の病欠は、経営に直接損失を与えるので、基本的に遊女は休むことができません。

ですが、稼ぎの良い遊女や全盛の遊女が病気になった時は、医者を呼び治療を受けることができました。


「静養したほうが良い」となれば、身の回りの世話をする振袖新造や禿をつけて、浅草今戸町や金杉村にあった遊女屋所有の寮(別名:別荘)で出養生させました。

(人気の遊女には一刻も早く働いて、稼いでもらわないと困るからね…)


寮で保養できたとしても、その間の食費・新造や禿の手当てなど、出養生にかかった費用はすべて遊女が支払わなければならかったのです😢

また、寮にいる間は客へ手紙が出せなかったそうです。。。


稼ぎの悪い遊女は…

こうした対応が取られていたのは、あくまで“全盛”の遊女たちに対してでした。では、稼ぎの少ない遊女たちはどうだったのでしょうか。


稼ぎの少ない遊女や下級遊女は、治療を受けられたとしても、寮で静養することなどはできず、薄暗い行燈部屋などの粗末な部屋に放り込まれました。

これが行燈部屋です。

山東京伝『京伝傑作集』(博文館、1928年)国立国会図書館デジタルコレクション

手厚い看病も受けられず、薬も買えない。
ろくな食事も与えられなかったので、このまま亡くなる遊女もいました。


回復の見込めない遊女は、実家に知らせ引き取らせる場合もあったとされています。厄介払いなんですかね😿

実家が遠い遊女などはこの方法は取れないので、ろくな治療も受けられぬまま衰弱死していきました。


また、こんな川柳もあります。

大門を出る病人は百一つ

相田忠朗『川柳江戸風俗抄 柳多留・初篇の世界』(札幌川柳社、1974年)
国立国会図書館デジタルコレクション

「吉原から出されるほどの重病人が助かるのは、百人に一人だ」という意味。それほど回復することは難しかったのでしょう。


吉原には、私たちの想像や言葉では到底届かない現実があったのだと、改めて考えさせられます。

やはり、遊女は楼主にとって「商品」に過ぎなかったのでしょうかね~。

現代を生きる私から見ると、一人の人間としての尊厳すら、軽んじられていたように感じてしまいます。


身分制度が厳然と存在した江戸時代では、すべての命が等しく尊重される社会ではなかったので、売られた身である以上、このような扱いも「仕方のないこと」とされていたのかもしれませんね。。。

でも、それを当然のこととして考えるのには、あまりにも胸が痛む次第です。。。


本日は吉原遊女の療養についてでした❣

おやすみなさい。


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