田房永子の膜理論《セルフケア編》第8回セルフケアなんかできない日
登山での低体温症による事故は、気づかないうちに始まることがあるといいます。
日中は暖かいので薄着でいるうちに、日が落ちて寒くなっているのに、前に進むことに夢中で防寒服を着そびれてしまう、ということがあるそうです。早く正しいルートに戻りたいという焦りから、防寒具を身につける手間を省いてしまうのです。
「寒い」と感じてから防寒しても、すでに体温が低下している。
身体を温める力が残っているうちの対策が大事だといいます。
日常でのメンタルケアにおいても、同じことが言えます。
「自分には何も問題がない」と思って明るく日々を過ごしているつもりでも、予想外のダメージをメンタルに食らってしまっているときがあります。
表向きは明るいことだったりすると、周りの人に理解されないので、自分でも気づきません。
私も今まで「気づいたら元気がない」という時期がありました。
そこまでいっているときは、「『膜』を相手と自分で分けて・・・」なんて膜理論セルフケアはできません。
「無理矢理にでも気持ちを上げよう」と思ってあらゆることをしています。
今回は、私が今までやってきて効果的だったアイテム、そして『膜』の中のストーリーが変化した体験談をご紹介します。
💝田房永子の膜理論《セルフケア編》全8回(各300円)
毎週木曜よる8時公開(12/25と1/1はお休み)
全回読めるマガジン(1800円)でまとめ買いすると600円お得です。
身体へのアプローチ
水泳は百薬の長
サウナで整うという状態が私はよくわからないのですが、水泳をすると自律神経が整ってみなぎる感じがあります。
プールで歩くだけでも、大量の水の中で1時間くらい動くと、帰り道が明らかに心身がクリアになります。
デメリットは着替えが面倒なことです。
しかし気軽に入れるプールは全国どこでもあるので、自律神経が狂ってどうしようもない、という時はてきめんに効くので利用しています。

病院へ行く
精神科などの病院に行き、適切な治療をすることは前提としてあります。
私は長らく不眠症の症状が出ていて、「寝られない」「夜中に起きてしまう」と思いながらも、「自分は不眠症である」という自覚がありませんでした。
「寝ないとやばい」という当たり前のことに思い至ってすぐ精神科へ行きました。睡眠導入剤を一粒飲むようになってから、朝まで寝られるようになりました。
年齢的に、婦人科などにも行ったりします。
不調は、メンタル面の打撃が原因だと思いこみすぎず、病気かもしれない可能性も視野に入れています。
サプリを飲む
私はサプリメントや市販薬を飲むことが好きではないので、なるべく飲まないようにしています。
しかし、あまりにも気分が上がらなくてどうしようもなかったとき、以下のものを飲みました。
・市販の鉄剤
・当帰四逆加呉茱萸生姜湯という冷えを改善する漢方薬
・ビタミンDとE
・亜鉛
かなり効いている気がしました。
でも、自分の体に本当に必要なのか分からない状態で飲んだので、どれがどのように効いているか分かりません。
プラシーボ効果もあると思いますが、そのときは助かりました。
湯船に入る
寝ないでいると、仕事など、やらなければいけないことを開始する時刻がどんどん遅くなります。
そうすると、風呂も短時間でシャワーで済ませたりするようになります。
湯船に入り、体を温めると睡眠の質が上がるといわれているのでなるべく入るようにしています。

金を使う
老後のことを考えて倹約を始めたことが今まで何度かあったのですが、その度にどんどん気分が落ち込んでいき、うつっぽくなってしまいました。
何度目かでそれに気づいたので、あまり自分を追い込みすぎないことにしました。
金を使うことを自分に許そう、と思ったとき、ちょうど大好きな漫画家、花輪和一さんの個展があったので、絵を購入しました。
今も目の前に飾っています。
お金の使い方の問題は一生の課題だと思うと途方もない気持ちになりますが、とりあえずこの絵は買ってよかったと思います。
ピラティス
ヨガは昔からちょくちょくやっていたのですが、ピラティスはまた少し違って、少しの動きでインナーマッスルが鍛えられて、元気満々になるというよりは、体の根っこという「生きる自信」みたいなものがじっくり育つ、みたいな感じがあります。

他にも、たくさん寝る、とにかくボーッとする、やりたいだけゲームをする、など「脳と心と体を休ませる」もあります。
カードを引く
セラピーカード、オラクルカードと呼ばれるカードを持っておくと便利です。
誰かに話す気力がないけど、自分1人で考えているのも鬱々としてくる、みたいなときに使えます。
カードの品ぞろえが多い書店もありますし、ネット通販でも買えます。
さまざまなカードが販売されています。
私はスピリチュアル系のカードも持っていますが、よく使うのは心理系のカードです。
自分の〝心〟がどう思ってるのかよくわからない、まだ掴めない、という人は、まずはカードを介してみるのもいいと思います。
【私がよく使っているカードの紹介】
『セルフ・セラピー・カード』(日本語版/チャック・スペザーノ/Amazonなどで買える)
付属の本に、並べ方や解説が書いてあります。ズバリ言ってくれるカードなので、弱り切っている時はちょっと厳しめ。「私の何が問題なの? 知りたい」と思っているときは、「そこだったのか」と気づいてエンジンがかかります。
OHカード(日本語版/Ely Raman/OHカード・JAPANのサイトで買える)
解説などはない、88枚の絵と88枚の単語のカード。使い方は自由です。引いたカードの絵や文字を見たときに自分がパッと感じたことを拾ってみる。それを否定せずに味わう、ということをやってみると、日常でも自分の体の感覚や違和感、感情を感じ取りやすくなると思います。唯一無二なカードです。
ソウルメイトカード(日本語版説明書付/ダニエル・ティグナー 、セリーヌ・ティグナー/Amazonなどで買える)
中古でしか買えないかもしれませんが、解説本がついていて、とても優しく励ましてくれるカードです。他にも、こういった優しいカードはたくさんあるので、もし買えなかったら「オラクルカード」で好きな絵のものを探してみてください。
・Love Smart Cards ハートのコミュニケーション・カード(日本語版/Love Smart Cardsのサイトで買える)
NVC(非暴力コミュニケーション)の理念から作られたカードです。自分がいまどういう感情で、何を求めているのか、を整理できます。かなりすごいカードです。さらに自分のもともとの感性と持ち味、強みを確認できます。

自己啓発本を読む
「30日間でどんな問題も解決する法」チャック・スペザーノ(VOICE)
おそらく絶版しているので、中古でしか手に入らない本を紹介するのはどうなのか、と躊躇もあるのですが、「セルフ・セラピー・カード」のチャック・スペザーノさんによる「30日間でどんな問題も解決する法」は、もう刷られていないなんて信じられないほどすごい本です。
質問に答えていくワーク式の本で、私はこの本に何度も救われました。
著者のチャックさんは基本的に「悩みのもとはあなたの中にある」ということを言います。
そのため、弱りきっているときは厳しく感じます。
「これ以上、自分でどうしろと・・・」と思います。
しかし「がんばって乗り越えたい」というときに読むと、「どうして私はこのことがこんなに気になるのか」という謎が解けていきます。
30日間分の質問があるのですが、私は最後までやったことがありません。
いつも途中で元気になって、この本の存在自体忘れてしまうからです。
手に入らない場合もありますので、「30日間でどんな問題も解決する法」でチャックさんが繰り返し言ってることを要約しておきます。
▶「世界は(及び他人は)こうあるべきだ」という執着を手放そう
▶他人に対して「こうなってほしい」や「どうしたらああなってくれるんだろう」と考えるのは、他人にしがみついている状態
▶しがみついてる時、あなたは手を握りしめている
▶握りしめた手では「こうなってほしい」という好ましい状況を受け取ることができない
▶しがみつくのをやめて手を開いたら、その手で、あなたが望む好ましい状況を受け取ることができる
『膜』が発動し、暴走するのは、相手や出来事に執着しているときです。
相手に振り回されることをやめ、相手と自分をいったん切り離し、遠くに置く。そして自分の『膜』の中に注目する。
それが「手を開く」ということだと解釈しています。
「頂きはどこにある?」スペンサー・ジョンソン(扶桑社)
この本は、どこの本屋にも置いてあるのでは、というほど売っています。
世界的に大ヒットした「チーズはどこへ消えた?」のシリーズの一つで、ページ数が少ないのですぐに読めます。
「頂きはどこにある?」には、どんな逆境がきても腐るな、自ら闇に堕ちるな、ということが書いてあります。
いきなり解雇されて仕事を失った人が、次の仕事の面接に行く。面接官はどっちを採用するか?
A 打ちのめされたようすで「元の雇用主からひどい扱いを受けた」ということばかり言い立てるような人
B 苦境にあっても良い点を探し、進んで新しいチャンスを求めよりよいものを見つけようとする人
これを『膜』で言い換えると、『膜』の中のストーリーが疑心暗鬼モードに染まっていくのを放置するな、ということになります。
日が暮れて寒くなってきているぞ、とか、自分はいま混乱して相手に対して疑心暗鬼な『膜』が発動しているぞとか、やはり自分がいる状況に気づくこと、自分に目を向けることが大事だといえます。
いろんな人の思いがあふれているインターネットとは違い、本を読むという行為は、その著者の『膜』の中に入ってそのストーリーを体感するようなものです。
誰かの『膜』の中に一度入ることで、その対比で自分が何を思っているのか、望んでいるのか、つまり別の視点から世界を、自分の『膜』の中のストーリーを、覗くことができます。

長年、解消されなかった悩み
さて、ここからは最後に、私が10年以上悩んできたことが解消されたときの、『膜』の中のストーリーが変化した体験を書き起こします。
この膜理論セルフケア編で何回か書きましたが、私は10年以上にわたり「ネットに悪口・誹謗中傷を書かれること」を悩みに悩んでいました
その悩みが解消されるまでの体験談です。
誹謗中傷の事案は、法的手段による解決策もあります。
しかし今回は〝自分の心〟がどのように納得したかの部分をフィーチャーします。
何かのヒントになればと思います。
拡散されるデマ
私は10年前、「暴力はどうしたらやめられるのか」というテーマのエッセイ漫画の本(「キレる私をやめたい」竹書房)を発行しました。
自分が夫へ暴力を振るっている様子と、そこから脱するための即効性のある方法を描きました。
あとがきに「女性であっても暴力を振るってはいけない」という主張も添えました。
多くの人にはその主張がそのままきちんと伝わったのですが、一部では「暴力を振るっているシーンのコマ」が切り抜かれ、「田房永子は『女なら暴力を振るっても仕方ない』と主張している」とコメントが付いて拡散されるようになりました。
話の通じない敵
そのデマが年に何回も定期的に拡散されるのが恒例になり、私の漫画のコマはネットミームになり、無断転載どころかコラージュされたり落書きを書き加えられたりして広まり、毎回それには千単位、万単位の「いいね」が付きました。
事実とは真逆の内容が自分の主張として何万人もの人の目に触れていると思うと、つらくて仕方ありませんでした。
SNS上で言い返したり、訂正したり反論したことも何度かあります。
しかし大概は無視か、余計にワケの分からない言いがかりを書いて仲間が増えていって対応しきれなくなります。
なにも言わない、というのが一番平穏だということが分かっていても、はじめの頃は煽りに乗ってしまい、まったく話が噛み合わない相手と不毛すぎるやりとりに時間を消耗しました。
敵が『膜』を暴走させる
その間違った内容を拡散する人たちのアカウントを見てみると、決まって女性を罵倒する内容が書かれていました。
彼らは日夜「女はこんなにズルい生き物だ」という根拠になるものを探しています。
彼らの『膜』の中のストーリーを補強するためのアイテムとして私の漫画が使われるのです。
「田房永子」はそのストーリーを裏付ける人物として、この世にある最悪の言葉をつかって罵倒されます。
よく読むと、彼らの主張も「女性だからって暴力を振るうのは許されない」です。
つまり私と同じ主張なのです。
けれども事実は彼らにとって重要ではなく、とにかく「田房永子」を一度叩く対象として認識したためそれを絶対に手放さない、という強い意思だけが伝わってきます。
彼らの中には、私本人とのやりとりを求めている人は一人もいません。
田房永子本人も見ることができてしまうSNS上で、私の漫画を転載するという著作権違反を犯し罵詈雑言の限りを尽くして1万以上のいいねを獲得するという、『膜』の暴走が繰り広げられる様子を、私は見ているしかできませんでした。
気にしていない先輩たち
物書きの先輩たちに「ネットに悪口を書かれたとき、どう対策していますか」と聞くと、ほぼ全員「読まない」と答えました。
「そんなもん読んでも何にもならないから」という意味です。
何が書いてあるのか怖いから見ない、という人もいましたが、批判的な感想なんか読んでも自分が書くことは変わらないんだから意味がない、という考え方の人も多かったです。
私もそう思える境地に行きたい。
だけど、書かれる悪口がどうしても気になってしまいます。
誹謗中傷を書くのは不幸なやつ
6年ほど前まではネットの誹謗中傷が今ほど社会問題になっていませんでした。
そのためか、よく言われたのは「毎日が幸せだったら誹謗中傷なんか書き込まない。そんなことを書くやつは不幸な人生を送っている。だから相手にすることない」というものです。
私はこの「相手は不幸な人なんだから、そんなやつが言うことは気にしなくていい」という理屈がよく分かりませんでした。
というのも、彼らは自身が絶対的に善人であり、田房は悪だと言い切っているからです。
そこまで言い切れる自信があることと、「不幸な人生」が繋がりませんでした。
それに、彼らが不幸な人生だからといって私のつらさが帳消しにはならない。
私は、この「不幸なやつだから気にするな」というフレーズで納得できたらいいのに、なんで納得できないんだ、と何度も思いました。
自己卑下しながら悪口を書く
一方、田房に対する罵詈雑言を書き込んでいる人のプロフィールには、「人間のクズ」とか「糞をするためのゴミ」とか、酷い自己卑下なフレーズが書き込まれていることが非常に多いです。
自ら「自分は不幸な人間だ」と自己紹介しています。
それを見ると「自分はしょうもない人間だから、ここに書いてあるひどいことを本気にしないでください、放っておいてください」と先手を打たれている感じがして、力が抜けます。
彼らは自分がやっていることをひどいこととある程度認識した上で、それを無効化する術も先に駆使している。
強力すぎる彼らの『膜』の暴走に、私は圧倒されていました。
叶わなすぎる願い
名指しされて書かれるあまりにもひどい言葉を見て、湧いてくる怒りに体が震えた回数は数え切れません。
どうして自分は、先輩たちのように「読まない」「気にしない」ができないのか。
自分は前世で何かしてしまったのか?
自分を納得させる答えをずっと探していました。
自分の正直な気持ちを認めることは常にしていました。
私は、自分の悪口を名指しで書いている人たちに対して、こういう思いがどうしてもあったのです。
〈どうしたら彼らに分かってもらえるんだろう〉
〈私が本当はいい人だってことを〉
〈彼らと直接対面したら、私がいい人だと分かってくれるはずだ〉
こういった夢想をガチでしていました。
自分のことを罵倒してくる人たちに「本当はいい人なんだね」と思ってもらう必要なんてないのに、私はどうしてもその期待から脱することができませんでした。
総勢何人いるのかも分からない彼らに「田房さんって本当はいい人なんだね、誤解してたよ、ごめんね」と思ってもらって、関係を〝改善〟したい。
そんなワケの分からない上に絶対に叶わない願望をどうしても捨てられませんでした。
今思えば、自分を罵倒する人たちにすごく執着していたのです。
ここから先は

田房永子の膜理論 セルフケア編(全8回)
「大したことじゃないのに、つらくて仕方がない」 そんな時、膜理論セルフケアで、自分で自分を癒やして 励ましましょう。 どこかに通ったり、…
読んでくださってありがとうございました。 「サポート」とは、投げ銭的なシステムです。もしよければよろしくお願いします。
