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tarohanamana
ちゃんとできていないけど、信じて待つことにした
正直に言うと、
私は“ちゃんとした子育て”ができている自信がない。
子育てをするたびに、
自分の嫌な部分や欠点が出てしまって、
この子たちの心を傷つけているんじゃないかと思うことがある。
もっと見てあげたほうがいいのかな、とか。
もっと声をかけたほうがいいのかな、とか。
考え始めると、
不安はいくらでも出てくる。
まわりからは「心配性だね」とよく言われる。
でもそれは、
発達のゆっくりなこの子たちを、
なんとか押し上げようとしてきた時間があったからだと思う。
無理をしていた時期もあった。
でも最近、少しだけ思うことがある。
中学生になったこの子たちは、
もう「やらせる」よりも、
「自分で動く」タイミングを待つほうがいいのかもしれない、って。
もちろん、放っているわけじゃない。
表情はポーカーフェイスを意識しているけれど、
内心ではずっと気にしているし、見ているし、
心の中では何度も声をかけている。
それでも、ぐっとこらえて、
あえて言わないことが増えた。
本当は、
他の子よりも細かく、具体的に伝えないと
伝わりにくい子たちだと分かっている。
だからこそ、余計に迷う。
「今、言ったほうがいいんじゃないか」
「このままで大丈夫なのかな」
「もう、限界なんじゃないか…」
そんな気持ちと、いつも隣り合わせ。
だからこれは、見守るというより、
“耐えている”に近いのかもしれない。
それでも、
この子たちが自分で考えて、
自分で動けるようになることを信じたい。
すぐに結果が見えなくても、
今はまだ途中なんだと思う。
ちゃんとできていないかもしれない。
でも、信じて待つことも、
ひとつの関わり方なんじゃないかと思っている。
少し怖いけど、
それでも今日は、
このスタンスでいこうと思う。
