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ぼろぼろ(2023.2月著)

 川柳の同人誌「ふんえん」1月号の裏表紙に次回投稿する作品の募集案内が書いてある。その内の一つに課題吟がある。与えられた課題の言葉に沿った川柳を作るというわけだ。

 今回のお題は“ぼろぼろ″。ぼろぼろという言葉から、色々想像したり思い出したりする。
 3年前位に同じ題があった時に
『ぼろぼろの衣纏った神がいる』
と出したところ、参加作品の中で最高とされる評価、天を頂いた。それは私がまだ五歳にも満たない頃の、家の周りでの記憶から作った句であった。

 当時すぐ隣の家の外壁の一角に、細長い竹やハンパな木などを束ねて立てて置いてあった。そこに今で言う浮浪者風の男の人が(あの頃我が家ではかんじんさんと言ってた)、ぼろを纏った姿でその束にもたれるようにじっと佇んでいたことがあった。
 戦後間もない頃の事まだ日本中多くの者が苦しい生活を余儀なくされていた。お互いが痛みを知っているからなのか人は皆そういう人に対してもある種の優しさを持っていたように思う。
 かんじんさんという言い方も、“神人さん″から来た言葉と言う話も聞いた。ぼろぼろな姿で神様は時々現れるというのである。
「またかんじんさんが来とんなはるよ」
その言葉と情景の記憶を句にしたものだった。

 今回は、
『ぼろぼろの雑巾に見る頑張り度』
『ぼろぼろになっても負けと言わぬ意地』
の二句を書いて投稿したが、どう評価されるだろうか。

 考えるに、今はぼろぼろの状態を見る事はあまりない。特に衣類に関してはぼろを着ている人は見かけない。ファッションでわざとぼろく破いたり引っ掛けたりしてはいるがそれはぼろではない。

 物が満ち溢れ使い捨ての時代となって、なんだか心まで粗末に扱うようになったようにも思える。衣服や物質が良くなった分、ゴミや恐ろしい核で溢れた地球そのものがぼろぼろになってしまうのではと悲しくなる。
 自然災害でもそうだ。熊本もあの熊本大地震であちこちぼろぼろにされた。お城も家も道も橋もトンネルも。人々の心も壊れそうになった。でも人間の心は立ち上がる強さを失わなかった。「頑張ろう くまもと」のもと助け合ってぼろぼろから立ち直った。笑顔が戻った。

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