火星のような真珠を
陽炎を見る程に暑い。
外は暑さで時間が止まってしまったように静かで、あたりには活動の音がしない。
聴こえるのはTVの中の声ばかりだ。
紙 → ‐‐‐ → 銀 → 真珠 → 珊瑚 → Ruby → Sapphire → 金→→→
それぞれ結婚の節目記念日だ。
1年目は紙。
25年目の銀、50年目の金は有名だ。
その間に5年刻みで、真珠、珊瑚、Ruby、Sapphire があるらしい。
特になんの名前もつかない29年目の普通の日。
「やっぱりもう、点けましょう」
つい今しがた、まだ、点けるには早い、と言っていたのに、クーラーのリモコンをとってピッと鳴らした後、立ち上がって窓を閉めた。
更に、TVの音がなんだか暑苦しい、と言って騒々しい賑やかさを逃げ、YouTubeでお気に入りの静かな音楽を流し始めた。
やがて、
「コーヒ淹れる?」
と言い出す。
近頃、それはぼくの役目だ。
クーラーの吹き出す風も、いつの間にか穏やかになった。
まぶしい陽を余所に、冷えた部屋で音楽を聴きながら珈琲をすするという贅沢な午前になった。
ピーター・ポール&マリーの “ 500マイル ” 。
「500マイル、ってどのくらいなのかしら?」
” 約800㎞、東京から広島の少し先ぐらい。北へ行くのなら札幌付近。
当時の汽車なら10時間くらいの距離。
主人公は無一文だから、歩くしかないから 3、4週間はかかる。”
最近のAIはこんなことには簡単に答えてくれる。
曲の切なさに比べると意外と近いと感じてしまう。
「私たちは、距離にしたらどれくらい歩いて来たことになるのかしら?」
黙ったまま何口かカップに口をつけた後、こんなことを言い出した。
「もう29年目よね?」
と付け加える。
”29年は、一日8時間、平均的な徒歩の時速4.5㎞で距離に換算すると、凡そ32万8千キロ。”
「イメージできないわ」
「 “ 地球9.6周分 ” 」
「……」
「 “ つまり、ちょうど月まで行ける距離 ” らしい」
「……もう、とても帰れないわね」
500マイルでも帰れなくて切ないのに。—
「帰りたい?」
「そうね。一度帰って、若さを取り戻せたら、もう一度歩き直したいこともあるかな」
そうしたらもっと優しくできるだろうか? 労われるだろうか?
「でも、じゃあ、このまま先へ行くとして、そうね、お隣の火星までは、あとどのくらいかしら?」
” 16,000年 ” ー
どうやら、ぼくたちは月のどこかか、あるいは、ほんの少し月を越えた先、振り返って月の向こうに地球を望むくらいの処で、生涯を終えてしまうらしい。
“ 月はあなたの口もとについた米粒の様な近さにありますが、火星は、その時に車窓から望む山の稜線ほどの遠くにあります。”
ピーター・ポール&マリーが最初に “500マイル”を歌ったのは1962年。
63年前。
月まで渡って、更に同じだけ先を行っている。
ほんの米粒ひと粒分だけ。
たった500マイルでぼくたちは故郷を切なく振り返る。—
せいぜい月までの距離を番う。
でも、まだ先まで歌い継ぐ。
「来年30年だからよろしくね」
火星のような真珠を?
―了―
