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(短編ふう)見習い悪魔 仏教に挑む

見習い悪魔は、大仏の破壊された空洞が残るバーミアン渓谷の写真が記憶に残って仕方がなかった。(関連記事 下記リンク『”ヨブ記”と見習い悪魔』)

「なぜ、人間は岩山に大仏を彫るのか、ですか?」
司書ドロイドに尋ねると、調べてみてはどうですか? と返された。
図書室の一画に誘われて、これなんかどうです、と一冊の本を渡された。

いつも通りガランとした図書室で、3人ずつ向かいに6人掛けの閲覧机をひとりで占領してページをめくり始める。

ちょっと難しそうだけど読めるかな?

紀元前2000年頃の風景から始まっていた。


南ロシアから中央アジア一帯は草原が緩やかに丘陵する。
星空が美しい。
悠久の時間、アーリア人はそこで遊牧生活を送っていた。
ところが、起源前2000年頃、彼らを養ってくれていた草原に不穏な変化が現れる。
いつもの季節のいつもの場所に遊牧の草木が不足しはじめたのだ。

太陽活動が静の周期に入ったせいだった。
地球のマグマ活動や海流が変化し、気候の変化が、彼らの草原を乾燥化した。

アーリア人は、新たな遊牧地を求めて、徐々に暖かい南へ生活を移動した。移動しながら、遊牧に比べて、より食料を安定的に確保できる農耕生活に移行していったらしい。

彼らの南下以前、そこにあったインダス文明は、同じ頃に衰退している。
モンスーンの降雨量が減少し、文明を支えていた豊かな農業生産が縮小し、支えきれなくなった人口が、インダス川流域から地方へ分散していったのだ。

南下したアーリア人とインダス文明を支えた人たちは、インダス川からガンジス川に到る大平原で、部族ごと、集団ごと、で、遭遇し、交渉し、闘争もしながら、影響し合っていった。

アーリア人は、雷(インドラ)や火(アグニ)など、自然の現象をそれぞれを神々として信仰し、宇宙にはそれらの秩序を守る法(リタ)があると信じていた。
リタを司る最高神はヴァルナである。
それら神々と交流するために、供物を捧げる儀式を行った。
儀式であるからには、”きまり”があり、それらは次第にいくつかの聖典にまとめられていき、そのひとつが リグ・ヴェーダ である。

一方、インダスの人々も自然を崇拝していた。

それぞれの神々は、互いに寛容に、ひとつの宇宙の秩序と祭祀に融和していく。

宇宙の調和や秩序を律する法(リタ)は、善行をすれば良い来世が、悪行をすれば悪い来世が待っているという、個人の行動を律する因果応報思想にも通じた。
死と再生を繰り返す輪廻の死生観と相まって、因果応報・自業自得の自己責任の倫理観をもつ輪廻思想に練りあがっていく。

宇宙の秩序を司るヴァルナ神への信仰は、バラモン教へと発展し、社会的秩序として各人の社会での役割をあらかじめ定める身分制度(ヴァルナ制)になってこれらの地域に浸透した。

バラモン(司祭階級): 神々への祭祀を担う役割。
クシャトリヤ(戦士階級): 戦士や支配者として政治・軍事を司る役割。
ヴァイシャ(商人・農民階級): 農業や商業など経済活動を担当する役割。
シュードラ(隷属階級): 下層階級で、上位の階級に奉仕する役割。

4つの役割=身分(ヴァルナ)が形成された。
因果応報、輪廻転生の自己責任によって、それぞれの身分に定められる。
仕方がない。

バラモン階級は、神々と交流する祭祀の知識を伝承し、圧倒的な権威をもって、この社会制度に君臨した。

インド亜大陸の北部一帯は、共通の倫理観、身分制度が浸透した部族の群雄する地域となっていった。
そして、群雄は、やがて、16の大国(マハージャナパダ)が並ぶ勢力風景になる。

紀元前6世紀頃、その中から、マガダ国が一歩抜きんでて台頭したのには恵まれた理由がある。
ガンジス川とその支流であるソーン川の合流地点に位置し、水運に恵まれ、商業と物流の要所となる地の利があった。更に、領内には鉄鉱石を豊富に産出する鉱山があり、この時代、鉄は大きな優位をもたらした。
鉄製の農具は新しい農地開拓を可能にし、豊かな農産物で人口を支え、鉄剣は、他国を圧倒する軍事力となった。
マガダ国は強力な軍事力を背景に周辺国を次々と併合ししつつ、同盟や婚姻を通じた関係を築いては支配を拡大していった。
そして、後のインド統一王朝の土台となる。

16大国の領土拡大競争が続いている時代、強国の併合の脅威にさらされていた小国(カピラヴァストゥ)に、ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)は、王子として、生まれた(紀元前624年4月8日)。


ようやくブッダが生まれた。

見習い悪魔は、疲れて、本を伏せた。自分には難し過ぎる本を途中まで我慢して読んだ小さな満足感があったが、残りのページ数の多さに気力が失せた。

「一度に読み切ろうとしなくていいのですよ。」
いつの間にか司書ドロイドが後ろにたっていた。
「新しい知識は、疲れるでしょう?」
うつぶせに伏せてあった本を取り上げて、貸出用のしおりを挟んでくれた。
「少し難しいと思いましたが、だいぶ頑張りましたね。……、それで、どう思いましたか?」

どう?って、まだ、ようやくブッダがでてきたところだし…。

「ここまでで、どんなことを感じました?」

見習い悪魔は、小さい頭をフル回転させて、なんとかふたつの感想を引っ張り出した。

ひとつ。
気象変動がアーリー人を南下させ、歴史を動かしたこと。地球規模の気象変動は太陽活動が変化したからだ。つまり、宇宙の天体の運行と人間社会の活動は繋がっているのだ。人間は、逃れようない宇宙の一部として、長い歴史を刻んでいる。人間が何を考えようと、悩もうと、そもそもそれが前提なのだ。
もうひとつ。
秩序を望んだ人間社会は、身分制度(ヴァルナ制)を考案した。また、それを因果応報の自己責任、輪廻転生の思想で正当化した。思想で個々の思考を奪い、ヴァルナという社会構造で統治する仕組みに、見習い悪魔は、ぼんやりと〈悪魔性〉を感じた。

ふたつの感想を引き出すと、気のせいか、小さな身体に流れる悪魔の純血が、わなわなと動揺するように騒ぐのを感じた。

「どうしました?」
見習い悪魔は、言葉を返せなかった。
しかし、ドロイドは敢えて、繰り返し尋ねようとはしない。

「閉館の時間です。本は持っていきますか? それとも、預かっておきましょうか?」
預かってもらうことにして、見習い悪魔は図書室を出た。
まだ少し、血が動揺している。

―了―

他にも”見習い悪魔”が登場する記事があります。
お時間のある時、ご一読頂けると嬉しいです。 ↓

今回の『見習い悪魔 仏教に挑む』記事内の本の内容については、
主に、下記を参考に綴っていますが、文脈に自分なりの解釈を加えているところもあります。必ずしも史実でない点あると思いますが、ご容赦ください。
・わかる仏教史  宮本啓一 角川ソファア文庫
・哲学と宗教全史 出口治明 ダイヤモンド社
・Chat GPT(他のWEB等で真偽を確認しつつ)

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