【短編】美しい池

 その歴史ある池は文化庁の管轄下にあった。池は日本庭園の作りをしていて、その水面下にいる錦鯉たちは色鮮やかな着物が舞うように泳いでおり、それは外国人観光客を喜ばせ、近隣に住んでいる人たちの誇りにもなっていた。
 しかし夏場になると藻が大量に発生して、それが腐って異臭を放ってしまう問題があった。それを掬い取るのに文科庁は、入札で選んだ水道会社に任せていたが、安く雇われた業者の仕事はずさんで、取り残した藻はたちまち大きくなって、手の中にあるシャンプーみたいに泡立ちながら膨らむのだった。そこで近隣住人は景観が悪くなると警備にクレームをつけ、警備は管理事務所にそのことを伝え、管理事務所は文化庁にしぶしぶお伺いを立てた。文化庁のなかにも連絡系統が幾つもあり、長い時間が経過した後で、問題の緊急性はないとして、とりあえず現場で働く人たちは継続して注意を怠らないようにと指示を下した。それがおよそ十年ほど続いた。
 そのあいだに文化財第二課の統括係は何代も変わり、腐った藻は見えないところでだんだん蓄積していった。そして大雨の日に用水路が詰まって水の排出が堰き止められ、満水になった池はざあざあ溢れ出すと、その拍子に池から五匹の錦鯉たちが道路に飛び出していった。そのうちの三匹は行方が分からなくなり、そのうちの二匹は車に轢かれて平らに潰された。そのことをきっかけにようやく文化庁は環境省を含んだ各専門機関と一緒に、具体的な解決策を示すことが余儀なくされた。
 そのテーマは人間の手によらない多様な自然との共生だったが、そこにSDGsや、エコロジーといった言葉も使われ、その実質的な内容は水質改善のために品種改良をされたスクミリンゴガイを放流することだった。この巻貝たちは人為的に繁殖能力を著しく奪われており、他の在来生物を脅かすことなく共生可能であると判断されていたことから、それまでのスクミリンゴガイとは全く異なる生き物として扱われ、多くのマスメディアでも、よく知られるジャンボタニシとは言わず、クリーンガイという別称で説明していた。これには国内の研究者から猛烈な反発があったが、結局のところこの巻貝たちはアメリカから安価な値段で輸入され、そして実際に産む卵の数もそれまでの十分の一程度で、期待通りあまり数も増えず、池の藻を想定以上のスピードでもりもり食べてくれた。おかげで池の水は一週間も経たずに暗い洞窟の水晶みたいに透き通り、その後も食欲旺盛な巻貝たちは、藻を食い尽くし、水草を食い尽くし、錦鯉の卵をどんどん食い尽くした。
 近隣住人はこれに怒りを露わにした。
「このままでは錦鯉がいなくなる。ジャンボタニシを何とかしてくれ。前の池に戻してくれ」
 そこでまた文化財第二課の総括係が何代か変わったあとに、今度はアメリカで開発された最新の薬品が使用されることになった。それもとても安価で、特筆すべきなのは貝類だけに効果があり、おかげでたくさんのスクミリンゴガイは死に絶えた。しかしその頃には生態系はすっかり変わり、スクミリンゴガイを主要な餌とするようになった錦鯉もばたばたと死んでしまい、そのうち、それまで池にいた他の水棲生物たちもみんな数を減らしてしまった。
 すると、あまり時を置かずに、養殖場から大量の錦鯉を仕入れて放流することが決まった。これを知った人たちのなかには、「新しく池に放たれた錦鯉たちは雑種で、それまでの日本固有だった錦鯉とまるで違う」とネットで主張する者もいた。その投稿をたまたま見かけたインフルエンサーは、メッセージ付きで拡散すると、いつも以上に多くのフォロワーから支持をされ、たちまちそれはその日のトレンドになり、そしてこの騒動を早々と嗅ぎつけた、メディアに出たがるある種の知識人たちも、その話題性から専門外だろうと無邪気に飛びつき、いつも通りのやり方で人々を煽情的に焚きつけた。結果、色んなハッシュタグがSNS空間で火花を散らしながら飛び交った。
#日本の歴史を奪われるな!
#純粋な錦鯉を守る会
#池は日本の宝
 しかし、そもそも発見当初はこの池に錦鯉なんて一匹もおらず、これまでいた錦鯉にしたって、今回と同じ養殖場から仕入れられていた。それ以前にいたのは、フナやメダカといった小魚ぐらいで、それだけでは観光の名所として成り立たず、そういう経緯のためにこの錦鯉たちは池に放流されたのだった。だいたいそれは二十年ぐらい前の話で、多くの人々がそのことを認めることはなく、文化財第二課の総括係が何代変わろうが、こうした記録と文書は、クローゼットの奥へと仕舞うみたいに、データの片隅でぶくぶく蓄積されたままだった。 
 その後も錦鯉は数え切れないぐらい死んだが、池にいる錦鯉が何匹いなくなったとしても、その度に新しい錦鯉が次々と放流されていった。養殖家は錦鯉をたくさん繁殖させようと躍起になり、それを拒んだ錦鯉たちは一匹残らず殺されたが、それが公になったのは池の水が枯れてなくなった後だった。その水がどこに消えたのか誰にもわからず、乾いた池底には、干からびた大量の藻が全体を覆い、その少し上ではいつしか無数の蝿が集るようになっていた。

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