見出し画像

見るってやっぱり大切

子どもたちにとって何気ない日常の中に、大きな学びの種が潜んでいるものです。
昨今では、体験格差という言葉もささやかれており、私もとても共感する部分がありますが、体験って何だろう?と考えてみると、実は身近なところにも体験は数多くあるのではないかと思うことがあります。
今回は「工事や大人の姿を見るということの重要性」について書いてみたいと思います。


日常の風景が“変わる”ということ

向山こども園の第三期工事もいよいよ終盤を迎え、子どもたちの生活にすでに新しい園舎が溶け込んでいます。
そんな中、4月に入って急ピッチで進んでいる外構工事は、日々の景色を大きく変えています。
昨日まで歩けた場所が今日は立ち入り禁止になっていたり、そうかと思うと2日後には真っ白なきれいで新しい道が現れたり。
そんな目まぐるしい変化のなかで、子どもたちは「今しか見られない風景」をしっかりと見つめています。

職人さんたちは丁寧でスピーディーな仕事ぶりを見せてくださっており、泥道だった場所がコンクリートで舗装され、歩きやすく快適な環境へと変わってきました。
最近は羊小屋や職員室周辺の通路(犬走り)の整備が進んでおり、まもなく職員室への動線も大きく改善される予定です。

工事現場は「学びの場」

私がこの工事の中で特に大切にしてきたのは、子どもたちが「職人さんの姿を見ること」です。
工事現場には柵が張られているものの、その柵越しにでも見えるような工夫をして、子どもたちが建物ができていく過程や、職人さんの動きを間近で感じられるようにしてきました。

安全面に最大限配慮しつつも、可能な作業の時には柵をできるだけ低くしてガードマンをつけるなど、現場監督さんも職人さんたちが見えるように意識してくださっていることが本当にありがたく、大きな教育的価値があると感じています。

ドロドロのコンクリートが一瞬で均されていくのは、大人が見ていても飽きないものです。

今日行われたコンクリート工事では、ミキサー車やポンプ車が園庭に入り、迫力ある動きとともに作業が進みました。子どもたちは興味津々で見つめ、いろいろなことを感じたり、考えたりしていました。

「ぐちゃぐちゃだから平らにしてるんじゃない?」「足についたら嫌だよね」
自分たちなりに想像しながら話しているそんな子どもたちの言葉からは、観察と想像、そして共感の入り混じった表現が次々と溢れてきて、大きな学びの場になっているなと改めて感じました。

「顔の見える仕事」の意味

子どもたちが将来職人さんになるとは限りません。
しかし、作られる過程を見ることは、すべてのものが「誰かの手によって作られている」ことへの気づきに繋がります。
普段あまり関わることのない世代のおじさんたちが、実はとても優しくて丁寧な仕事をしている姿を見ることは、子どもたちの価値観を豊かにする大きなきっかけになると私は期待しています。

完璧な製品だけに囲まれることも幸せですが、それだけでなく、作っている人の姿が見えるものに触れることができる環境は、より価値のある生活になると感じています。

保育者自身が「作る姿」を見せる

そして、外構工事が終わると、次は私の出番です。
新たにできた「ひだまり園庭」には、自分たちの手で遊具を作ろうと計画しています。
今回は、ショベルカーを模した遊具を作ることにしました。
もちろん、本物のように動くわけではありませんが、子どもたちが自由に想像力を働かせて遊べるような空間になればと考えています。

切った木を持てた!と自慢げです。一緒にやってくれるのは、いいもんです。

実際に作っていくのですが、重機作業などではないので、子どもたちは近くに来てみてくれました。

正直に、本当に正直に言えば、結構じゃま(笑)
子どもたちが近くで見ている分、倍以上の時間がかかるし、相当気も使います。早く作らないといけないのだとしたら、封鎖して、黙々と作った方が数倍速いだろうなと思います。

でも早く作るだけではなく、「なにつくるの?」「これなに?」「木のカスだ!」「いいにおい~!!」という声の中で作業するのは格別です。
そして、子どもたちにとっても、既製品がいつの間にかポンと出てくるよりも、作られていく「過程こそが大切」なのです。
電動工具を使って木材を削る様子を、間近で見たり、木くずを集めたりする子どもたちの姿は、まさに「ものが生まれる場」に触れている瞬間です。

物を作っていると人が集まってきます。やっぱり見るのって楽しいよね

作り手に寄り添う視点を

私たちが日常使っている道具や建物、そして遊びの場には、必ず「作り手」が存在します。
しかし、現代の社会ではその姿を見る機会が少なくなってきました。
作る人の顔が見えないと、つい横柄な目で物事を判断してしまうこともあります。

けれども、今回の工事を通じて、子どもたちは「この道はあのおじさんが作ってくれた」「この壁はあの女性がクレーンを動かしてくれた」といった具体的な記憶とともに、「誰かが作ってくれている」という実感を持つことができたのではないかと思います。

完成よりも「作る過程」を

プロの職人さんたちの技術は本当に素晴らしく、私たちが真似できるものではありません。
しかし、すべてをプロがベールの中で完ぺきに作るというだけではなく、私たちが「自分で作る姿」を見せることには意味があると感じます。
多少不格好でも「身近な人が作ってくれた」と思える体験は、きっと子どもたちの心に残るでしょう。

「完璧なもの」に囲まれるよりも、「誰かの手が加わっている」と感じられる環境こそ、子どもたちの原風景として心に残っていくのではないでしょうか。
そして、この一年は、完ぺきなものを作ってくれるプロフェッショナルに囲まれながら生活ができたという意味では、本当に素晴らしい経験になっていると思います。

あと少しだけになってきたプロとの交流。
大切にしていきたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!