4歳の推し活、直径6ミリの宝物。
「きょうもきいろのたま、ちゃんとあるかなぁ!?」
そう言いながら4歳の次男は、私の手を振りほどいて弾むように走り出す。
そこに在るであろう、黄色い玉に会うために。
黄色い玉とは、彼が公園で拾った黄色いBB弾のことだ。
6月のある日、登園の途中に通る公園で、彼はそれを2つ見つけた。
大人なら落ちていることに気づきもしないような、小さな小さなBB弾。BB弾の直径は6ミリだそうだ。
フリスクが約5ミリで、ミンティアは約7ミリらしいから、ちょうどその間ぐらいの大きさだ。
「あった!」「あっ!ここにもあった!」と、嬉しそうに小さな黄色の玉を拾い集めて、小さな手のひらに乗せて自慢げに見せてくれた。
私から見るとただのBB弾だったけれど、彼にはそれが宝物に見えるらしい。ニコニコしながら、「めっちゃきいろくて、まるくてかわいいね」そう言って、ひとつひとつ指で撫でていた。
めっちゃ黄色くて丸くてかわいいその黄色の玉を、ポケットにでもしまうのかと思っていたが、彼は意外な行動に出た。どういうわけか公園を過ぎた先にある、他人の家の花壇の隅にしゃがみ込んで、そこに2つ並べて置いてしまった。

いやそこに置くんかい。なぜ。
「これでおっけー!」と言って立ち上がった次男の隣に私はしゃがんで座り、「なんでここに置くの?」と聞いてみた。すると次男は、「ここにおいたら、かわいいから」と一言。
かわいいから…?かわいいか…?
…かわいいかもしれない。
うん、かわいいな。その発想がまずかわいい。
私はしゃがんだまま次男の顔を見上げた。満足気にニコニコ笑う次男のうしろには、よく晴れた青空が広がっていた。花壇につるを這わせて咲いている赤いバラの花は、柔らかい風に吹かれて揺れていた。
そう、ここは他所様の家の花壇なのだ。
勝手に黄色い玉を置く場所としては、ふさわしいとは言えない。私は少しだけ悩んだ。
この家の花壇は、毎年綺麗なつるバラを咲かせる。それに、可愛らしいウサギや猫の置き物も配置されていて、植物と動物が好きなのだろうと推測できる。きっといい人に違いない。
まさかBB弾2つを置いたぐらいで、「うちの家の敷地に勝手にこんな黄色い玉を置かないでちょうだい!!迷惑です!!ムキーーッ!!」とか言っちゃうようなヤバい人が住んでいるとは考えにくい。
万が一、叱られるようなことがあれば、とらやの羊羹でも持って行って謝罪しよう。そう心に決めて、次男が黄色の玉を並べるのを見守った。
その日から次男と私は毎朝、黄色の玉が無事かどうかを確認するのが日課になった。家を出て、近くの公園を通り過ぎると次男は走り出す。
「きょうもあるかなーっ!?」
公園を過ぎ、角を曲がったその家の花壇の隅で、黄色の玉は整列して待っていてくれた。
何日か経ったある日、次男はまた公園で新たに2つのBB弾を見つけた。
キラキラした目でそれを拾うと、「よし!これもなかまにしよう!」と言って並べ、黄色い玉は4つになった。

その後もたびたび、次男は公園に落ちているBB弾を見つけた。見つけるたびに「これもなかまにしよう!」と目を輝かせ、せっせと仲間を増やしていった。
気づけば、黄色い玉は6個になっていた。
2つのときは「なんかあるな」くらいだったのが、6個ともなるとさすがに目立つ。
少しばらけていたらそれほどでもないのだろうが、次男はなんでも並べたがる性格。ちょっとばらけていたら、すぐに整列させてしまう。
整列した黄色い玉4つは、直径6ミリとはいえなかなか目立つ。

「これは……もうすぐ家の人にバレて、片付けられてしまうかもしれないな…」と、私は内心ヒヤヒヤしていた。(一応、とらやの羊羹の値段も調べた。)
毎日楽しみにしている黄色い玉が消えてしまったら、彼はどんな顔をするだろう。きっと悲しむんだろうな…。想像すると胸が痛んだ。
そこで私は、彼に提案することにした。
「そんなに気になるなら、おうちのお庭に置いておけばいいんじゃない?」
すると彼は、少し考えて、こう言った。
「うーん……でも、まいにちここにちゃんとあるか、みにくるのがたのしいんだよ」
……え、なにその尊い感情。
そこに“ある”ことが嬉しいのか。
別に触れたいわけじゃない。自分のものにしたいわけじゃない。ただ、今日もそこに“在る”ということ。それが、いい。
──そうか、これは推し活だ。
推し活をしている人の多くは、「推し」と付き合いたいわけではないと聞いたことがある。推しが健やかに輝いているのを見守り、応援するのが楽しいのだと。
それと似たような感情なのではないだろうか。
相手はBB弾だけど。
朝の光の中で、花壇の隅にちょこんと並んだ黄色い玉たち。誰にも見つからず、誰にも踏まれず、今日もただそこに居てほしい。どうか無事に在ってほしい。
毎朝、黄色い玉を見守る次男。
そして、それを見守る私。
若干のカルト感ある、毎朝の謎のルーティンができていた。
はじめに2つの黄色い玉を並べた日から、2週間以上は経過していた。花壇のつるバラの花は、いつのまにか茶色くなっていて、風が吹くたびにカサカサと枯れた花びらが落ちるようになってきた。
「そろそろ…花壇の手入れが入る頃だな」
そう思うと、急に玉たちの行く末が心配になった。
「明日も、あるだろうか」そんなふうに思いながら、私は“終わりの気配”を察していた。
そして、ついにその日はやってきた。
いつものように公園を過ぎて角を曲がると、花壇がきれいに手入れされていた。
草は抜かれ、土はならされ、黄色い玉たちは1つ残らずいなくなっていた。
次男は立ち止まり、ほんの一瞬だけ困ったような、悲しいような顔をしたあと、「きいろのたま、なくなっちゃった」と言って、笑った。
小さな手でズボンの裾を握りしめて、右足をぐらぐら揺らしながら、笑っていた。4歳の彼にとっては、それはきっと初めての感情で、どうしていいのかわからないように見えた。
それを見て私は鼻の奥がツンとなり、涙腺がじわりと崩壊しかけたが、なんとか笑って彼をぎゅっと抱きしめた。
「黄色い玉、なくなっちゃったね。お花が枯れちゃったから、お掃除したんだろうね。そのときに片付けられちゃったんだね」
「うん、ついにバレちゃったね」
それから2人で手を繋いで、「これはもう仕方ないね」「毎朝チェックするの、楽しかったね」などと話しながら歩いた。
そのあと、彼はもう黄色い玉のことを話さなくなった。あれだけ毎朝楽しみにしてたのに、切り替えが早くてびっくりする。
黄色い玉が置かれていた場所に立ち止まることもなく、スタスタと通り過ぎてしまう。
でも私はというと、あの家の前を通るたび、つい花壇に目をやってしまう。もちろん、黄色の玉はどこにもなくて、胸の奥がチクリとする感覚だけがある。
日常に楽しみを見つけることの素晴らしさを、次男から学ばせてもらった。毎日通る、なんでもない道端にでも楽しみを見つけることはできるのだ。
つまらないなぁと思いながら歩いていれば、ただのつまらない風景かもしれない。そこに自分で楽しみを作り出すことはできるんだ、ということを、次男と黄色い玉が思い出させてくれた。
「きょうもあるかなー!?」と黄色い玉に会うために、嬉しそうに走る次男を見られなくなってしまったのは寂しい。
だけど、黄色い玉がなくなっても彼はきっと、また別の何かを見つけて夢中になることだろう。
誰かにとってはどうでもいい、でも彼にとっては大切なものを。
そのときも私は、少し距離をおいて、その背中を見守っていられたらいいんだ。
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