「過干渉」と呼ばれる親たちへ──私たちはなぜ関わるのか
「放っておくと放置子」
「関わればモンスターペアレント」
親って、いま本当にむずかしいポジションにいると思う。
私も正直、最近それを強く感じたひとりです。
学校で起きたある出来事をきっかけに、私は子どもを守るために声をあげました。
でも、そのときに一番最初に浮かんだのは
「これ、モンペ扱いされないかな?」という不安。
子どもにとって大事な場面なのに、
“親としての立場”と“社会の目”の板挟みで、
全力で守ることにすら迷いが出てしまう。
よく言われます。
「親が出てきすぎるのはよくない」
「子どもに自分で経験させないと」
「先生のやり方に口出すな」
でも、じゃあ親はなぜ関わるのか?
答えはとてもシンプルです。
「子どもが心を折られないように」
「間違った扱いをされないように」
その一心なんですよね。
しかも今はSNSでいろんな事例が共有されて、
不安になる材料はいくらでもある。
学校や先生に「全部任せて安心」って言えない社会。
情報過多、教員の人手不足、信頼のすれ違い。
それでも親は、子どもにとって最後の砦でいたい。
私が今回声をあげたのも、
「怒鳴るような指導ではなく、違うアプローチはなかったのか」
「子どもが委縮しないような対応はできなかったのか」
ということを、冷静に伝えたかっただけ。
でも“それすら過干渉なのか”と疑問に思ってしまった。
「求めすぎてはいけない、でも黙っててもいけない」って、
そんな綱渡り、親にばかりさせないでって思います。
教育って、親や教師や社会が “いっしょに育てていく”ものじゃないのかな。
だからこそ、「歩み寄ること」「意見を交わすこと」も必要なはず。
ただ黙って見守るだけでは、子どもは守れない。
昭和なら、平成初期なら「口出す親」のほうが悪者だったかもしれない。
でも今は令和。
子どもたちは過去の延長線上じゃなくて、今を生きている。
親だって、その今に向き合ってるんです。
