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夏の終わり、蚊に刺され

徳川園へ行ってきた。

徳川園は、徳川御三家筆頭である、尾張藩二代藩主光友が、元禄8年(1695年)に自らの造営による隠居所である大曽根屋敷に移り住んだことを起源としています。

当時の敷地は約13万坪(約44ha)の広大さで、庭園内の泉水には16挺立の舟を浮かべたと言われています。光友の没後、この地は尾張藩家老職の成瀬、石河、渡邊三家に譲られましたが、明治22年(1889年)からは尾張徳川家の邸宅となりました。

昭和6年(1931年)、十九代当主義親から邸宅と庭園の寄付を受けた名古屋市は整備改修を行い、翌年「徳川園」が公開されました。昭和20年(1945年)に大空襲により園内の大部分を焼失した後は一般的な公園として利用されてきましたが、平成16年秋に日本庭園としてリニューアルしました。

徳川園公式HPより


行く前にこの説明を読んだとき、『尾張徳川家ってなんで尾張ってつくの?要は徳川家じゃないん?』と疑問に思ったのでついでに調べる。

まず尾張藩二代藩主光友について。
お父さんは徳川義直で、家康の九男。
光友は家康の孫なんですね。
家康の名前が出たら急に認識できた。ネームバリューの強さ。

そして尾張徳川家について。
ようは徳川将軍家の分家。
宗家と分家ね!NARUTOでいうヒナタとネジね!

事前情報もそこそこにいざ散歩。

静かで風情もある
週末だけど人は少ない
もみじの屋根、ここら一帯は蚊大量
鴨の休憩場
昼過ぎの蓮
夕方とか夜の雰囲気も気になる
かわいい。野良猫には出会えず。

平成16年に日本庭園としてリニューアルされているので尾張徳川家の方々が歩いた道を辿っているわけではない。
でも思いを馳せてしまう。
ここで晩年を過ごしたであろう光友も四季を感じながら庭園を歩いていたんだろうか。
こういう歴史が詰まった場所が好きです。ロマンがある。


それにしても蚊に刺されまくった。雨上がりだから?
写真を撮るため立ち止まると「飯だ飯だ〜!」と言わんばかりに寄ってきて、タイツの上からでも容赦なく血を求めてくるんだ、奴らときたら。

今年は蚊が少ないとニュースにあったけど、私もそれは実感していた。
これまでは1度しか刺されておらず、この1度きりで終わるだろうと思っていたのに。
腕も脚もたくさん刺されてしまった、萎えた。
でも道中のベンチに虫除けスプレーが設置されていて親切心にほくほくする。


龍仙湖、西湖堤あたりを散策していると着物姿の女性とスーツ姿の男性が写真を撮っていた。
結婚式の前撮りらしく、撮った写真を見て女性が「曇りすぎる」と嘆いている。

「曇りでもあんたは十分綺麗でっせ」という気持ちと、「ゆっくり見たいのにいつまでそこで止まって撮るんだろう」という気持ちがせめぎ合った。
どことなく不機嫌そうな彼女を見ると何とも言えない感情になり、結局その場をすぐ離れた。


最後にお土産屋へ。
買ったものがこちら。

お薬手帳カバ〜!

ずっとほしかったのに買わずにいたもの。
正直徳川家推しではないけど、デザインもレトロで好みだったので購入。
30歳を超えて病院に行く回数が確実に増えた。
こういうもので少しでもテンションを上げたい。


徳川園は四季ごとに景色も変わるらしいのでどのシーズンでも楽しめる庭園だと思います。
個人的には雪化粧な徳川園が見たいけど、土地柄あまり降らなさそう。

今回は雨予報だったからカメラはお留守番させたのが悔やまれます。
あと美術館も入館料けちって入らなかったからまたリベンジしたいな〜。

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