童子切(拵)や般若太刀、相州行光(拵)、蜻蛉切(模)など、名刀関連品がごろごろと展示されています【東京国立博物館】
先日、思い立って東京国立博物館へ行ってきました。本館の2階をぐるっと半周して、甲冑刀剣が展示されている地味な??室へ入ると、展示ラインナップが少し変わっているようでした。
国宝関連をはじめ、なぜか有名な刀剣の拵などが多かったので、ご報告させていただきます。
■瑞雲文蒔絵合口(国宝 短刀 相州行光の拵)
江戸時代に製作された、国宝の「相州行光」の拵




■梨地糸巻太刀(国宝 太刀 伯耆安綱(名物 童子切安綱)の拵)
童子切安綱の拵




■上杉謙信が使っていた刀? 般若太刀
太刀 青江守次(号 般若太刀)
戦国大名上杉家の重宝。上杉家で行われた大般若会の撫物(祓具)として使われたことに由来して、「般若太刀」と呼ばれます。
刀身は、鎌倉〜南北朝時代に作られた、備中国の青江派の刀工・守次の作。長寸で(長くて)腰反りが高く、力強い刀身に三鈷柄剣などの彫刻が施されていて、直刃の刃文を焼き入れている。(解説パネルより)


その般若太刀の拵も、刀身の隣に展示されていました。こちらも刀身と同時期の室町時代(16世紀)に作られたようです。とはいえ、16世紀ということは、上杉謙信が生きた時代に作られたもの、という可能性が高いですね。


■明智光秀や光春が使っていた……かもしれない「明智拵」
溜塗打刀(明智拵)
刀身と鍔の接する部分にはめる、筒状の金具である鎺に、桔梗紋の透かしがあるそうです。鎺は、よく時代劇で刀を抜く直前に「カチン!」と言わせる部分です。鞘に収めた時に、刀身がぐらつかないようにする、パッキンのような役割をしているのだと思われます。

そのことから明智光秀や光春の差料だったと伝えられているそうです。もしこれが、以前展示されていた、かつて「伝・明智光春所用」と解説文に記されていた、うさぎ耳の甲冑『南蛮胴具足』と一緒に寄贈されたものだったとしたら、あちらの具足も、改めて「明智家伝来」と記されるんでしょうね。



左下に「栢木政矩模之」と記されているため、当資料は栢木政矩さんによって、もともとあった資料から模写されたもののようです。栢木政矩さんは、通常は柏木政矩または柏木貨一郎と記されます。トーハク初代館長である町田久成などと、正倉院をはじめとした古社寺の宝物調査にあたった人です。
■本多忠勝愛用の『蜻蛉切』の写
大笹穂槍(蜻蛉切写)固山宗次

幕末の刀工・固山宗次が写したもの。宗次は陸奥国白河藩の松平定信に仕え、備前伝(の写しを?)得意としました。長船(おさふね)景光(かげみつ)の太刀など、古作の刀剣を模した作品もあり、本作もその一つです。


刻まれている銘の意味は、「世に傳わる(三河文珠派の刀工・藤原)正真が作った、ホンモノの蜻蛉切の形状を真似て、固山宗次が鋳造したもの」と言った感じです。
裏側には「弘化四年丁未年八月 同年十月三日於千住眉間数多突通返良業突手山田吉利」とも記されているようです。
■フォーマルな時に使う「黒漆大小」
時代劇でよく見かける黒の大小ですが、以外にもフォーマル着と合わせて使っていたそうです。
解説パネルには「江戸時代の武士の正式な裃姿には、黒漆塗の鞘、黒糸の柄巻、赤銅製の鍔の大小を用いることが慣例になった」と記され、その典型例が、展示されている大小なのだとか。



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