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『君が代』ほか、有名和歌が書かれている国宝『和歌体十種』…東京国立博物館

東京国立博物館(トーハク)の本館2室(国宝室)に、現在は《和歌体十種》という書が展示されています。「国宝っていうんだから凄いもんなんだろうけど……。で……なんですか、これ?」と思いながら観覧する人が、おそらく99.99%かと思います(いや、99.5%くらいでしょうか)。わたしも、もれなく「なんのこっちゃ?」と思いながら見てきたのですが、帰ってきてから少し調べました。調べたので、展示期間中に、ゆっくりと見られる機会があればいいなと思っていますが…展示は今週末(2025年2月16日)までなので、また見られるかは微妙なところです。

まぁせっかく調べたので、次回のためにも、ぼちぼち行きます。

■《和歌体十種》とは?

《和歌体十種》とは、三十六歌仙…和歌の36人のスーパースター…の1人に挙げられる壬生忠岑(みぶ ただみね、860-920)さんが著した歌論書です。この原書の成立年代は、平安時代の10〜11世紀初めということになっています。

《和歌体十種》は、残念なことにその原書は残っていません。ただし、当時のベストセラー本だったため、様々な人によって書写されました。昔は印刷(プリント)がありませんでしたから、人気本は書き写されていたんです。

そうした写本のなかで、最古のものが、トーハクで現在展示されている《和歌体十種》の…専門家の間では「安田家本」と呼ばれるものです。もともと安田さんが持っていたのでしょう(要確認)。この「安田家本」が「発見」されたのは、昭和の初期。「べらぼうに古いもンが出てきたな」と、和歌や古文書界隈では大騒ぎだったことでしょう。

ただし、なぜか1箇所が切られてしまっていました。切られたものは断簡として掛け軸になって、茶室にでも飾られていたのでしょう。「なんで、そんな中途半端なところを切っちゃったの…」という感じで、途中の数行分だけが切られていました。

それが!

出てきたんですよ。その途中で切られていた断簡の一部が。出てきたのが20数年前というから、21世紀になってからです。またまた界隈は興奮の渦だったのでしょう。さっそくトーハクが買い取ったのか分かりませんが、ともかくも無事にトーハク所蔵となりました。そして現在、元の巻子本の隣に、切り取られていた部分も展示されています。ちなみに、いずれも国宝に指定されています。

で…《和歌体十種》という名前は、おそらく最近の学者たちがつけた名前だろうと思います。このタイトルから分かるとおり、壬生忠岑(みぶ ただみね)さんは、和歌には10の「体」…つまり「スタイル」があるとして語っています。

まず素朴な言葉遣いが特徴の、平安時代から見ても古人が詠んだ歌…「古歌体(こかたい)」、不思議で神秘的な美しさを感じさせる「神妙体」、素直で率直な表現で詠まれた「直体(じきたい)」、直接的な言葉を使わないけれど詠まれた情景が無限に広がるような「余情体」、一見、ありふれた言葉を使っているけれど、深い意味が込められている「高情体」、比喩や象徴を使って心情を表した「比興体」、華やかで美しい表現を重視した「華艶体」、そのほか「写思体」、「器量体」、「両方体(両方到思体)」があるとしています。

そして、これら10のスタイルそれぞれに、例となる歌を4首と、どういうスタイルなのかの解説を漢文で記している……それが《和歌十種》です。

ちなみに、トーハクに展示されている「安田家本」の場合は、江戸時代初期の筆鑑定家・古筆了佐(1572~1662)さんが、「御子左一流忠家卿真筆也」と「この書は藤原忠家(1033~91)によって書写されたものだ」と、添え書きしています。刀剣でいえば、本阿弥家のお墨付き…折り紙付き…のようなものでしょう。ただし……現在は、藤原忠家が書いたというのは誤りで、違う人が書いたものというのが定説です。古筆了佐さん…けっこう間違えてないか?

ということで、解説パネルには「料紙の装飾性も見事です。大ぶりでふわっと浮かぶ藍と紫の飛雲文様が、作品全体にリズムと彩りを与えています」としています。続けて、「その内容の歴史・文学的な価値だけでなく、美麗な文字と料紙の装飾性の高さから、我が国が誇る名品といえる」としているし、国宝にも指定されているのは、そういうことの証左なのでしょう。

※以下、追記。

昭和初年に安田家で巻子本が発見されて、昭和10年(1935)、旧国宝指定の時点では安田善次郎氏の所蔵だった。その後、高野家から文化庁に譲渡され、東京国立博物館へ管理換となった。
 また、巻子本から分割された第7紙目(10体目)が掛軸装となっている。それは、平成6年6月に巻子本の国宝に追加指定され、平成9年に巻子本とともに当館へ管理換となった。

e國寶』より

■《和歌十種》には、何が書いてある?

以下の翻刻は、はじめに佐佐木信綱が編した『日本歌学大系』第1巻の翻刻を参照していましたが、途中でウィキソースにテキスト化されていることが分かり、両方を見ていきました。

なお、以下の太字が原文で、文章の訓み下しや解釈などは、ChatGPTによります。わたしの感触としては大きく外れていない…というか、けっこうあっているんじゃないかと思いますが……専門家ではないので保証はできません。


■序文

夫和歌者、我朝之風俗也。興於神代盛于人世。詠物諷人之趣、同彼漢家詩章。之有六義。然猶時世澆季、知其體者少。至于以風雅之義當美刺之詞、先師土州刺史叙古今歌、粗以旨歸矣。今之所撰者只明外貌之區別、欲時習之易諭也。于時天慶八年冬十月壬生忠岑撰。

佐佐木信綱 編『日本歌学大系』第1巻,文明社,昭15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1256957

<以下はChatGPTによる訓み下し文>
それ和歌は、わが朝の風俗なり。神代に興り、人世に盛んなり。物を詠じ、人を諷するの趣きは、かの漢家の詩章に同じ。これに六義あり。しかれども、なお時世澆季にして、その体を知る者少なし。風雅の義をもって美判の詞に当てるに至り、先師土州刺史、古今の歌を叙し、おおよそ旨帰するところあり。今、撰ぶところのものは、ただ外貌の区別を明らかにし、時に習うことの易く諭することを欲するのみなり。時に天慶八年冬十月、壬生忠岑撰。

<以下は同じく解釈>
そもそも和歌とは、わが国の風習…伝統的な文化である。その起源は神代に起こり(までさかのぼり)、人の世において(暮らしのなかで)盛んになった。その趣旨(本質)は、自然や物事を詠み、人を風刺するというものであり、これは中国の詩(漢詩)と同じである。
和歌には六義(六つの分類)がある。しかしながら、時代が移り変わり、人の心が薄れていく中で、その本質を理解する者は少なくなった。ついには、「風雅」の意味を、単なる美しい言葉と同じように扱うようになってしまった。先師(わたしの師)である土佐国の国司(おそらく紀貫之)は、古今の歌をまとめ、その大意を示した。今、私が編んだものは、ただ外面的(表面的)な違いを明らか(明確)にし、学ぶ者が理解しやすくすることを目的としたものである。天慶八年(945年)冬十月、壬生忠岑が撰す。

一 古歌體(古歌体)

古歌體(古歌体)

小笠原へ ゐのみ牧に あるゝ馬も とればぞなづく こなが袖とれ
小笠原のゐのみ牧にいる馬も、手綱を取ればすぐになつくように、恋しい人よ、私の袖を取ってください。
【この歌では、「ゐのみ牧」…古代には甲府の小笠原にあった牧場で馬が育てられ、良い馬は朝廷に献上されていたそう…そこにいる馬が、手綱を取られるとすぐになつく様子を恋愛にたとえています。「こなが袖とれ(あなたも私の袖を取ってください…わたしになびきなさい)」という表現は、愛しい人に近づいてほしい、心を寄せてほしいという願いを込めています。袖を取ることは、平安時代の恋愛において親密さを示す行為でした。】

和歌の浦に 潮満ちくれば 潟をなみ 蘆邊(あしべ)をさして たづ鳴き渡る
和歌の浦に潮が満ちると、干潟が波に覆われ、鶴が葦の茂るあたりへ飛びながら鳴いている。
【和歌の浦(現在の和歌山県和歌浦)は美しい景色で知られる場所です。この歌では、潮が満ちると、干潟が波に飲み込まれ、その波を避けるように、鶴(たづ)が葦の生い茂る場所へ飛んでいく様子が描かれています。自然の情景を繊細にとらえた風景描写の歌です。】

風吹けば 沖つ白浪 立田山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
風が吹くと、沖には白波が立つ。立田山を、あなたは夜中にひとりで越えているのだろうか。
【風が吹くと沖の白波が立つように、不安な気持ちを抱えながら、大切な人が夜遅くに立田山をひとりで越えているのではないかと案じています。夜道をひとりで歩くことへの心配や、遠くにいる愛しい人を思う気持ちが込められています。立田山は奈良県や大阪府付近にある山で、古くから和歌に詠まれています。】

郭公 鳴くやさ月の みじか夜も ひとりしぬれば 明しかねつも
ほととぎすが鳴く五月の短い夜も、ひとりで寝ていると、夜がなかなか明けないように感じられる。
【五月(陰暦で現在の6月ごろ)の夜は短いはずなのに、ひとりで寂しく過ごしていると、まるで夜が明けないように感じられる、という嘆きを表しています。ほととぎすの鳴き声は、昔から切ない気持ちを引き立てるものとされ、ここでは孤独な夜を強調する役割を果たしています。】

春日野に 若菜つみにや 白妙の 袖ふりはへて 人の行くらむ
春日野で若菜を摘みに行くのだろうか。白い衣の袖を大きく振って、誰かが歩いていくように見える。
【春日野(現在の奈良県にある春日山の麓)は、若菜摘みの名所でした。春になると、若菜を摘むために人々が訪れるのですが、この歌では遠くに見える白い衣の袖が風に揺れているのを、人が袖を振りながら歩いているように感じた様子を詠んでいます。春ののどかな情景が浮かぶ、優雅な歌です。】

古歌雖多其體、或詞質俚以難採、或義幽邃以易迷。然猶以一兩之眼及、欲備其准的。但、皆通下九體。不可必別。有此體耳。
昔の歌にはたくさんの種類があるが、その中には、言葉が素朴すぎて取り上げにくいものや、意味が深すぎて理解しづらいものもある。しかし、それでもある程度の視点を持ち、それぞれの基準を整えようとするものだ。ただし、すべては「下九体(これから記す和歌の9種類の分類)」に通じるものであり、厳密に区別する必要はない。ただ、このような形式があるというだけである。

二 神妙體

神妙體

我が君は 千代にましませ さゞれ石の 巖となりて 苔のむすまで
私の君(きみ)……神よ、どうか千年の後まで、いらっしゃってください。小さな石が長い年月をかけて大きな岩となり、さらにその岩に苔が生えるほどの、永遠とも言える時まで。
【「さざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」は、『君が代』の歌詞にもあるように、小さな石が長い年月を経て大きな岩となり、その上に苔が生えるまでの長い時間を象徴しています。ここでは、「我が君は」と詠んでいることから、天皇や高貴な人の長寿を願う賀歌(祝福の歌)であると考えられます。】

み山には 霰(あられ)降るらし 外山なる 正木のかづら 色づきにけり
深い山には霰が降っているらしい。麓の山に生えるマサキの葛が、美しく色づいている。
【この歌は、季節の移ろいを詠んだ自然歌です。深い山のほうでは霰(あられ)が降る寒い季節になったが、その手前の山ではマサキの葉が色づき、冬の訪れを感じるという趣旨です。「外山(とやま)」とは、都や人里に近い山を指し、「正木のかづら(マサキの葛)」は冬でも緑を保つ木ですが、寒くなると赤みを帯びることもあります。こうした自然の変化を繊細に描写しています。】

月も日も かはり行けども ひさにふる み室の山の とつ宮どころ
時が移り、月も日も変わっていくけれど、長い歴史を持つ「御室の山」にある神聖な宮は、今も変わらずにある。
【この歌は、変わりゆく時の流れと、変わらずに存在し続けるものとの対比 を表しています。「月も日もかわりゆけども」は、時間が流れ、世の中が変わっていくことを示します。一方で、「み室の山のとつ宮どころ(御室の山にある神聖な宮)」は、長い歴史の中でも変わらずに厳かに存在するものとして詠まれています。これは、神社や天皇の宮殿が持つ不変の尊さを強調する意味を持っていると考えられます。】

血の淚 おちてぞたぎつ 白川は 君が代までの 名にこそありけれ
血の涙が落ちるように激しく流れる白川は、「君が代」の続く限りその名を伝えていくことだろう。
【「血の涙」とは、悲しみや深い嘆きを象徴する表現です。「白川」は京都を流れる川で、しばしば洪水を起こし、激しく流れることで知られていました。この歌では、白川の荒々しい流れを「血の涙がたぎる(煮え立つ)」ようだと形容し、それが永遠に続く「君が代」のように長く名を残していくだろうと詠んでいます。「君が代までの名にこそありけれ」という結びは、白川の名が長く歴史に刻まれていくことを強調し、そこに王朝の永続や歴史の重みを込めた表現になっています。】

草深き 霞の谷に かげかしく 照る日の暮れし 今日にやはあらぬ
草深い霞の谷に、隠れるように日が輝いている。けれど、今日という日はただの一日ではなく、特別な日なのではないか。
【この歌は、自然の風景を背景にして、時間の流れや特別な日の意義を考えるものです。「草深き霞の谷」は、昼でも陽の光が届きにくい静かな場所を指し、「かげかしく照る日」とは、日が隠れるように控えめに輝いている様子を描いています。しかし、それだけでなく、「今日という日は特別な意味を持つ日なのではないか」と問いかけています。 これは、特定の儀式や出来事に結びつける解釈も可能であり、単なる自然の描写にとどまらず、人生の中で重要な瞬間を暗示しているようにも読めます。】

是神妙體、神義妙體、徒立二其名一撰、難レ叶二其實一耳。
これは「神妙体」「神義妙体」と呼ばれるが、ただ名ばかりで、実際のところ、その意味を明確にするのは難しいものである。
【「神妙体」「神義妙体」というのは、和歌の様式を指している言葉ですが、その実態をはっきり定義することは難しいという趣旨です。つまり、これらの和歌が「神聖で奥深いもの」とされているものの、それを分類したり明確に説明したりするのは簡単ではない、と述べています。このように、和歌には単なる言葉以上の深い意味が込められており、その解釈は時代や背景によって変わるものなのです。】

三 直體

直體

何をして 身のいたづらに 老いぬらむ 年の思はむ こともやさしく
私は何をしていたのだろうか。無駄に年を重ねて老いてしまった。この先の人生について思うことも、気が重く感じられる。
【この歌は、自分が無為に年を重ねてしまったことを嘆く 内容です。「何をして」は、「一体私はどんなことをして過ごしてきたのか」という反省や後悔の気持ちを表しています。「身のいたづらに老いぬらむ」は、「自分の人生を無駄に過ごしてしまい、気づけば老いてしまった」という意味になります。そして、「年の思はむこともやさしく」と続くことで、「これからの人生について考えることさえ、憂鬱で気が重い」と心情を吐露しています。 人生の無常を感じつつ、過ぎ去った時を悔いる、物哀しい和歌です。】

ありはてぬ 命まつまの 程ばかり 憂きことしげく 思はずもがな
まだ尽きていないこの命の、残されたわずかな時間くらいは、憂いごとばかり思わずに過ごしたいものだ。
【この歌は、人生の終わりが近いことを自覚しつつ、せめて残された時間は憂いなく過ごしたいという願いを込めています。「ありはてぬ命」とは、「まだ尽きていない命」、つまり「自分の残りの人生」を指します。「まつまの程ばかり」は、「ほんのわずかな時間」という意味です。 「憂きことしげく思はずもがな」というのは、「辛いことをあまり思わずに済めばよいのに」という願望を表しています。老いを感じる中で、「せめて最後くらいは穏やかに過ごしたい」という気持ちが込められています。】

秋來ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる
秋が来たとはっきり目には見えないけれど、風の音を聞いて秋の訪れに驚かされた。
【この歌は、季節の移り変わりを聴覚で感じ取る繊細な感性を詠んだものです。「秋來ぬと(秋が来たとは)」といいつつ、「目にはさやかに見えねども」とあるように、はっきりとした目に見える変化はまだ感じられません。 しかし、「風の音にぞ驚かれぬる」と続き、風の音が秋の訪れを告げていることに気づきます。これは、目に見えなくとも、自然の微細な変化を通じて季節を感じる日本人独特の感受性を表している和歌です。】

我宿の 池の藤波 さきにけり 山ほとゝぎす 今やなくらむ
私の家の池の藤の花が咲いた。山のほととぎすは、今ごろ鳴いているのだろうか。
【この歌は、春から初夏にかけての季節感を詠んだもの です。「池の藤波」は、池のほとりに咲く藤の花の波打つような美しさを表現しています。藤が咲いたことで、「(初夏を告げる鳥…)山ほととぎすも、そろそろ鳴いているのではないか」と思いを馳せています。 花と鳥を対比させながら、時の流れを感じ取る優雅な歌になっています。】

都へと 急ぐにものゝ かなしきは 歸らぬ人の あればなりけり
都へと急いで帰るけれど、どこか悲しい。それは、もう帰らない人がいるからだ。
【この歌は、都へ帰る途中で感じる悲しみの理由を詠んだものです。「急ぐにものゝ」は、「急いでいるけれども」という逆接の表現で、単なる喜びではないことを示唆しています。 「かなしきは歸らぬ人のあればなりけり」と続くことで、都に帰ってももう会えない人(亡くなった人や、離れてしまった人)がいるために、心から喜べない という切ない感情が表れています。】

此直體、義實以無曲折爲得耳。
この歌の形式は「直体(じきたい? ちょくたい?)」であり、意味もまっすぐであり、曲折のない素直な表現がなされている。
【「直体」とは、飾り気のない、率直な表現を用いた和歌の形式を指します。この文では、「これらの和歌は特に技巧を凝らしたものではなく、意味がそのまま伝わる、わかりやすい歌である」と述べています。つまり、技巧的な比喩や象徴をあまり用いず、素直な心情をストレートに表現しているという点が特徴として挙げられています。】

四 餘情體

餘情體

我が宿の 花見がてらに 來る人は 散りなむ後ぞ こひしかるべき
私の家の花を見に来る人は、花が散った後こそ恋しく思うことになるだろう。
【この歌は、花が散った後の寂しさと、人の心の移ろいを詠んでいます。「花見がてらに来る人」は、花が咲いている間だけ訪れる人を指します。しかし、「散りなむ後ぞこひしかるべき」とあるように、花が散ってしまった後こそ、その美しさを懐かしく思うことになるのです。 これは単に桜のことを詠んでいるだけではなく、人の心の移り変わりや、失ってから初めて気づく大切さを表現しているとも解釈できます。】

今來むと いひしばかりに なが月の 有明の月を 待ち出でつるかな
「すぐに行くよ」と言ってくれたのを信じて、長い夜、明け方の月が出るまで待ってしまったよ。
【この歌は、恋の焦燥感と切なさを詠んだものです。「今來むといひしばかりに」は、「今すぐ行くよ」と言われたことを指します。しかし、実際にはすぐには来ず、「なが月の有明の月を待ち出でつるかな」と、長い夜を過ごし、ついには明け方の月が出るまで待ってしまったという、期待と裏切られたような気持ちを表しています。これは恋人を待つ切ない気持ちを象徴する和歌であり、平安時代の恋の駆け引きや待つことの辛さが感じられます。】

思ひかね 妹がり行けば 冬の夜の 川風さむみ 千鳥なくなり
思いを抑えきれずに、愛しい人のもとへ行くと、冬の夜の川風が冷たく、千鳥の鳴く声が響いていた。
【この歌は、恋しさに耐えきれず会いに行くものの、冬の厳しさに直面する心情を詠んでいます。「思ひかね」とは、「思いをこらえきれずに」という意味で、抑えきれない恋の衝動を表しています。「妹がり行けば」は、「愛しい女性のもとへ向かうと」という意味。「冬の夜の川風さむみ」は、冬の冷たい川風が身にしみる様子を描写し、「千鳥なくなり」は、その寂しさを際立たせています。冬の寒さと恋の切なさが重なり、しんみりとした情景が浮かぶ和歌です。】

音羽山 せきるゝ水の たぎつ瀨に 人の心の 見えもするかな
音羽山のせき止められた水が激しく流れる急流のように、人の心の中も見え隠れするものだなあ。
【この歌は、人の心の移ろいや見えにくさを、自然の流れにたとえたもの です。「音羽山 せきるゝ水」は、せき止められながらも激しく流れる水を指し、それを「たぎつ瀨(激しく流れる瀬)」と表現しています。 その情景を「人の心の見えもするかな」と続けることで、人の心もまた、水の流れのように変化し、はっきりとは見えないものだという比喩になっています。これは、人の本心が簡単にはわからないことや、感情が揺れ動く様子を詠んだ歌です。】

わたの原 八十嶋かけて 漕出ぬと 人にはつげよ あまの釣舟
広い海原をたくさんの島々を目指して漕ぎ出したと、人に伝えてくれ、漁師の釣舟よ。
【この歌は、旅立ちや新たな挑戦の決意を表すものです。「わたの原」は広い海のこと、「八十嶋かけて」はたくさんの島々を目指してという意味です。「漕ぎ出ぬと」は、「船を漕ぎ出した」という意味で、まさに新しい道へと進む決意を表しています。「人にはつげよ あまの釣舟」とあるように、漁師の舟に「私が旅立ったことを人々に知らせてくれ」と託しているのが特徴です。これは都を離れる旅人の覚悟や、出航する者の決意を象徴する和歌であり、未知の世界へ向かう気持ちが込められています。】

是體、詞標一片義籠萬端。
この歌の形式は、言葉は一つの情景を示しているが、意味はさまざまな解釈が可能である。
【この「餘情體(余情体)」とは、単純な形をしているが、多くの意味を内包している和歌の形式を指します。この文では、「これらの和歌は、一見すると単純に見えるが、さまざまな解釈が可能である」と述べています。 つまり、これらの歌は明確な情景を描写しながらも、読み手の想像によって多様な意味を持つということを示しています。】

五 寫思體(写思体)

寫思體(写思体)

たのめつゝ 來ぬ夜あまたに なりぬれば 待たじと思ふぞ 待つにまされる
頼んでいたのに、夜が何度も来てもその人は来ないので、もう待たないと決心したはずなのに、結局は待つほかない。
【この歌は、待ち続ける辛さと、自分の気持ちの揺れ動きを表現したものです。「たのめつゝ」は、「頼み続けている」という意味で、何度も待たされることへの不安や焦りが感じられます。「來ぬ夜あまたに なりぬれば」は、「来ない夜がいくつも過ぎてしまった」という意味で、相手が来るのを待ち続ける無力感を示しています。「待たじと思ふぞ 待つにまされる」は、「もう待たないと決めたのに、やっぱり待ってしまう」という、自分の心の中で葛藤しながらも結局は待ってしまうという気持ちが描かれています。】

君が住む 宿の梢を行く〳〵(行く)と かくるゝまでに かへり見しやは
あなたの住む家の梢(木の先端)を、ゆっくりと歩きながら、帰り道を見送ったことがあっただろうか。
【この歌は、愛しい人の家を見送る際の切なさや、後ろ髪を引かれるような心情を表現しています。「君が住む 宿の梢を」とは、相手の家に向かう途中の情景を示しており、少し遠くから相手の家を見つめるような、別れの瞬間を感じさせます。「行く〳〵と かくるゝまでに かへり見しやは」と続けることで、その場面を見送ったことがあるかどうか、自問しているような印象を与えます。切ない感情を込めた、未練や別れの気持ち が詠まれた和歌です。】

來ぬ人を 下に待ちつゝ 久方の 月をあはれと いはぬ夜ぞなき
来ない人を下に待ちながら、長く待ち続けた月が出てくるのを見ると、あまりにも切なく感じて、思わず「哀れだな」と言ってしまう。
【この歌は、来ない相手を待ちながら、時間が経ち、月が昇る夜の切なさを表現したものです。「來ぬ人を 下に待ちつゝ」は、「来ない人を待ちながら」という意味で、長い間待っている様子が描かれています。「久方の 月をあはれと いはぬ夜ぞなき」は、「長い時間が経ち、月が昇ってきたが、その月の美しさに心が打たれる一方で、無情に感じる夜が続いている」という意味です。待ち続ける寂しさと、月の光がその心情を引き立てるという深い感情が込められています。】

思ひつゝ ぬればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを
思い続けていたら、誰かが私を見ていたのでしょうか。もしそれが夢だと気づいていたら、目を覚まさなかったのに。
【この歌は、夢と現実の境界があいまいな心情を表現しています。「思ひつゝ ぬればや人の 見えつらむ」は、恋しい人を思いながら、もしかしたら自分の想いが現実のものとして、誰かに見られているのではないかという不安や戸惑いを示しています。「夢と知りせば さめざらましを」というのは、もしそれが夢だと気づいていたなら、目を覚まさずに夢の中で過ごしたかったという、夢の世界のほうが現実よりも穏やかだったという心情を表しています。】

我宿を 過ぎぬ限りは たまほこの 道ゆく人を たのみけるかな
私の家を過ぎて行く限りは、あの道を行く人に、何かを託したいという気持ちでいた。
【この歌は、旅立つ人に対して気持ちを託す願いを表現しています。「我宿を 過ぎぬ限りは」とは、「自分の家を過ぎたところから」という意味で、もうすぐ別れが訪れることを示しています。 「たまほこの 道ゆく人を たのみけるかな」は、「その道を歩く人に、自分の思いを託したい」という気持ちを表しており、何かを伝えたかったり、遠くにいる人に届けたい気持ちが込められています。】

此體者、志在于胸難顯、事在于口難言、自想心見、以歌寫之。言語道斷、玄又玄也。況與餘情混其流、與高情交其派。自非大巧可以難決之。
この形式は、心の中の志が明確に表れず、口にして言い表すことも難しい。自分の思いを込めて歌に表現しようとしても、その表現は難解で深遠であり、他の感情や高い情緒と交じり合って、その意味を決めることは非常に困難である。
【この部分では、和歌の表現が非常に深遠であることを述べています。歌を詠む者の「志」や「感情」は、直接的には言葉で表現できない複雑なものであり、言葉だけではその意味を完全に伝えることはできないということです。 また、「言語道斷(言葉が途切れ、道を断つ)」という表現で、言葉にしきれない感情の複雑さや深さを強調しています。歌はその「無言の心情」を表現するものであり、高尚で難解な感情を込めるためには、非常に巧みな技術が必要であるということを意味しています。】

六 高情體(高情体)

高情體

冬ながら 空より花の 散り來るは 雲のあなたは 春にやあるらむ
冬の空から花が散ってくるのは、雲の向こうが既に春だからでしょうか。
【この歌は、冬の空に花が散るような奇妙な現象を見て、春が来たことを感じるという心情を詠んでいます。「冬ながら」は冬の季節の中で、「空より花の 散り來るは」は、現実には冬で花が散るはずがないのに、幻想的に花が空から舞い落ちるという様子を描いています。 その後に続く「雲のあなたは 春にやあるらむ」は、この不思議な光景が、実は春の兆しであるかもしれない という思いが含まれています。冬と春が交錯するような、季節の変わり目に感じる希望や期待が表現されています。】

行きやらで 山路くらしつ 時鳥 いま一聲の 聞かまほしさに
「なかなか進めずに山道で時間を過ごしてしまった。時鳥(ほととぎす)の鳴き声を、もう一度だけ聞きたくて。」
【この歌は、山道を歩いている途中で時鳥の鳴き声を聞き、その美しい声をもう一度聞きたいと思う気持ちを詠んでいます。「行きやらで」は「思うように進めずに」、「山路くらしつ」は「山道で時間を過ごしてしまった」という意味です。時鳥の鳴き声に心を引かれ、先へ進むのをためらっている情景が目に浮かびます。時鳥は、古来より夏の訪れを告げる鳥として親しまれ、その鳴き声にはもの悲しさや風情が感じられます。この和歌も、自然の美しさに心を奪われる人の感情を繊細に表現しています。】

散り散らず 聞かまほしきを 故鄕(ふるさと)の 花見てかへる 人もあはなむ
散り散らないでほしいと思うものを、故郷の花を見て帰る人も、きっと愛おしく思うだろう。
【この歌は、故郷の風景や花を見て、何もかもが美しく、散り散らずにそのままでいてほしいという願いを表現しています。「散り散らず」は、「花が散ってしまわないように」という意味で、美しいものが壊れてしまうことへの切なさを感じさせます。「聞かまほしきを 故郷の 花見てかへる 人もあはなむ」は、故郷の花を見ながら帰る人たちも、その美しさを愛おしく思うだろうという共感が込められています。故郷の景色や自然が心に深く残り、変わらない美しさを保ち続けてほしいという願望が強く表れています。】

山たかみ われても月の 見ゆるかな 光をわけて 誰に見すらむ
高い山にいても、月が見えることがわかる。月の光が差し込んでいるのは、誰のために見えるのだろうか。
【この歌は、高い山から見た月の美しさと、その光が誰のために差し込んでいるのかという疑問を表しています。「山たかみ われても月の 見ゆるかな」は、山の高い位置からでも月の存在が感じられ、月の光の神秘性に気づく瞬間です。「光をわけて 誰に見すらむ」は、月の光が照らす先にいるのは誰だろうか、月が誰かに向けて光を届けているのだろうか、という疑問を投げかけています。月の光の普遍性と、そこに込められた思いが誰かに届くことへの期待が感じられます。】

浮草の 池のおもてを かくさずは ふたつぞ見まし 秋のよの月
浮草のある池の水面が隠れないので、秋の夜の月を二つの池の水面に映して見たい。
【この歌は、秋の夜に浮草が浮かぶ池の水面に月が映る様子を詠んでいます。「浮草の 池のおもてをかくさずは」は、池の水面に浮かんだ浮草が、月光を隠さずに見せることを意味しています。 「ふたつぞ見まし 秋のよの月」は、その水面に映る月を、まるで二つの月があるように見せるという幻想的な美しさを表現しています。自然の中で、秋の月を二重に感じ取る美しい情景が描かれています。】

此體、詞雖凡流義入幽玄、諸歌之爲上科也、莫不任高情。仍神妙、餘情、器量皆以出是流。而只以心匠之至妙難三強分其境。待指南於來哲而已。
この形式は、言葉自体は一般的でありながら、意味は深く幽玄であり、すべての歌の中で最も高尚な種類である。どの歌も高い情熱を込めて作られており、さらに神妙で余韻があり、表現力の大きさも感じられる。しかし、心の技芸として最も巧みなものを理解するのは非常に難しい。深い境地を理解するためには、来るべき賢者の指導を待つのみである。
【この部分では、和歌の表現の深さと、それに込められた感情の複雑さを称賛しています。言葉自体は一般的でも、その背後にある意味は非常に深遠であり、特に高尚な情熱や感情が込められた和歌であると述べています。 さらに、このような深い表現を理解するには、高度な技術と感性を持った指導者の助けが必要であるという難しさを示しています。和歌は単なる表現にとどまらず、深い精神的な領域を表現するものだと強調されています。】

七 器量體(器量体)

器量體

昨日こそ 年はくれしか 春霞 かすがの山に はや立ちにけり
昨日は年が終わったようだが、春の霞が春日山に立ち始めた。
【この歌は、新しい年の始まりを感じながら、春の兆しを見つけた瞬間を詠んでいます。「昨日こそ年はくれしか」は、昨日のうちに年が終わったようだという意味で、年の終わりと新しい始まりの境目を表しています。「春霞かすがの山にはや立ちにけり」は、春の季節が訪れ、春日山に春霞が立ち上がった ことを表しています。春霞は春の暖かさを象徴し、春の訪れを感じさせる情景が描かれています。】

梅の花 それとも見えず 久方の あまぎる雪の なべて降れゝば
梅の花はまだ見えず、長い間の雪が降り続けているから。
【この歌は、梅の花がまだ咲いていないという現象を、雪が降り続けるせいだと考えている心情を表しています。「梅の花それとも見えず」は、梅の花が見えないほど、雪が積もっているという意味です。「久方のあまぎる雪のなべて降れゝば」は、長い間降り続く雪がすべてを覆い、梅の花が見えない状態が続いていることを表しています。ここには、季節の変わり目の遅れと、冬から春へと進むのが待たれるという気持ちが込められています。】

蛙なく 神なみ川に かげ見えて 今や咲くらむ 山吹の花
蛙が鳴いて、神奈川の川にその影が見える。今や山吹の花が咲こうとしている。
【この歌は、春の訪れと自然の中での生命の活動が感じられる瞬間を詠んでいます。「蛙なく神なみ川にかげ見えて」は、蛙が鳴き声を響かせ、川にその影が見えるという風景を描いています。蛙の鳴き声は春の兆しを、川の影はその自然の流れを表現しています。「今や咲くらむ山吹の花」は、山吹の花が今まさに咲こうとしていることを示しており、春の始まりを告げる花が咲き始めたことに対する喜びが感じられます。】

このたびは ぬさも取り敢へず 手向山 紅葉のにしき 神のまに〳〵
今回は、祭りに使う衣も取らず、手向山の紅葉の美しい布のように、神に捧げるために捧げる。
【この歌は、祭りや儀式のために、特に心を込めて神に捧げる行動を詠んでいます。「このたびはぬさも取り敢へず」は、祭りに使う衣や供物を取らずに、心からの捧げ物をする気持ちを表しています。「手向山紅葉のにしき神のまに〳〵」は、手向山に広がる紅葉の美しさを神に捧げることを意味し、神への深い敬意と奉納の気持ちを示しています。紅葉は秋の美しさと、自然の力を神に捧げる儀式的な意味合いを持っています。】

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
天の原(広い空)を仰いで見ると、春日山の三笠山に出ている月が見えるだろう。
【この歌は、広い空を見上げて、春日山に出ている月を眺める情景を詠んでいます。「天の原ふりさけ見れば」は、空を見上げることで、自然の広がりを感じることを表しています。「春日なる三笠の山に出でし月かも」は、春日山の三笠山に出ている月を見つけることができるという意味で、月の美しさと自然の神秘性を感じさせます。この歌は、自然の美しさを通して神聖さや心の安らぎを求める気持ちが表れています。】

此體、與高情難辨、與神妙相混。然只以其製作之卓犖、不必分。義理之交通耳。
この形式は、高い情熱や神妙なものと区別が難しく、混ざり合っている。しかし、その制作の優れたことから、特に区別する必要はない。理論的なやり取りに過ぎない。
【この部分では、和歌の表現方法やその精神的な深さが高く評価されています。歌の形式は、情熱や神聖さといった深い感情が交じり合っており、区別する必要がないという意味です。和歌の表現力が優れているため、特に深く考える必要はないという評価を示しています。】

八 比興體(比興体)

比興體

雪のうちに 春は來にけり 鶯の こほれる淚 今やとくらむ
雪の中に春がやって来た。鶯が凍える涙を今、やっと溶かすようだ。
【この歌は、冬の雪が残る中で春の訪れを感じ、鶯の涙が溶けるように春の兆しが現れるという情景を詠んでいます。「雪のうちに春は來にけり」は、雪の中に春の気配が訪れたことを表し、春の到来が待ち遠しい気持ちが込められています。「鶯のこほれる淚今やとくらむ」は、鶯が寒さに震え、涙をこぼすように春を待っているという情景です。鶯の涙は春の到来を象徴し、春の温かさを待ちわびる心情が表現されています。】

花の色は霞にこめて見えねども香だにぬすめ春の山風
花の色は霞の中に隠れて見えないが、その香りだけでも盗んでしまえ、春の山風よ。
【この歌では、春の花が霞の中に隠れて見えないが、その香りだけでも感じたいという願いが表現されています。「花の色は霞にこめて見えねども」は、霞のために花の色が見えなくなっているという状況です。霞は春の風物詩として、花の美しさをぼんやりと感じさせます。「香だにぬすめ春の山風」は、花の香りだけでも春の風に乗せて感じたいという想いを表しています。春風の中で花の香りを感じることを求める気持ちが込められています。】

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花
もし心の中で決めた通りに折るならば、初霜が降りた白菊の花を折りたい。
【この歌は、決意を持って行動することと、その行動の象徴として「白菊の花」を選んでいます。「心あてに折らばや折らむ」は、心を決めて行動し、花を折りたいという意味です。「初霜のおきまどはせる白菊の花」は、初霜が降りた後の白菊の花を折りたいという情景を表しています。白菊の花は、純潔さや静けさを象徴し、初霜は冬の冷たさや清らかさを示しています。ここでは、その冷たさの中でも心を決めて行動する決意が表れています。】

秋風の吹上に立てる白菊は花かあらぬか浪のよするか
秋風が吹き上げる中で立っている白菊の花は、花として存在しているのか、それとも波が寄せてきているのか。
【この歌は、秋風と白菊の花が立っている情景の中で、花と波の関係が分からなくなるほどの自然の力強さを表現しています。「秋風の吹上に立てる白菊は花かあらぬか」は、秋風が強く吹き上げる中で白菊が花として見えるのか、それとも何か別のものに見えるのかという不確かな感じを表しています。「浪のよするか」は、波が寄せてくる様子を示し、自然の力が強すぎて、花が何であるのかが分からなくなっている状況を描いています。ここでは、自然の力強さや無常感が表現されています。】

名にしおはゞいざ言とはむ都鳥我がおもふ人はありやなしやと
名にすれば、今こそ言おう、都鳥よ、私が思う人はいるのだろうかいないのだろうか。
【この歌は、都鳥という鳥を通して、思い人を探し求める心情を表しています。「名にしおはゞいざ言とはむ」は、都鳥の名を使って、今こそ思い人の有無を尋ねたいという意味です。都鳥は、都市に住んでいる人々の象徴とも言われ、人々の心を動かす存在として描かれています。「我がおもふ人はありやなしやと」は、自分が思っている人がいるのかどうかを尋ねる気持ちを表しています。ここでは、切ない恋心や思い人への問いかけが込められています。】

此體、如毛詩者標物顯心也。是不其義。只以俗所言之有興、假其一片之名也。
この形式は、毛詩のように物事を標榜し、心を顕示するものだが、それが本当の意味ではない。単に俗に言うところの興味を借りた一片の名前に過ぎない。
【ここでは、和歌の表現が毛詩(中国の古詩の形式)のように物事を表現して心情を表現するものであり、その表現が必ずしも深い意味を持っているわけではないという見解が示されています。俗世の興味や情熱を反映させるために、言葉や名前を借りているに過ぎないと述べています。】

九 華艷體(華艷体)

華艷體

梅が枝に來ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつゝ
梅の枝にやって来た鶯が春を感じて鳴いているが、まだ雪は降り続けている。
【この歌は、春の兆しが見えつつも、冬の寒さが残っている情景を表現しています。「梅が枝に來ゐる鶯」は、梅の花の枝に鶯がやってきて春の訪れを感じさせるシーンです。鶯の鳴き声は春の象徴であり、春の到来を告げる存在として描かれています。「春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつゝ」は、春の兆しがあるものの、まだ雪が降っていることで春の到来が完全ではないという状況を表しています。これは、自然界の寒暖差や季節の変わり目の切なさを強調しています。】

花見にも 行くべきものを 青柳の いとてにかけて 今日は暮しつ
花見に行きたいところを、青柳の枝のそよ風を感じながら、今日は一日過ごしてしまった。
【この歌は、花見に行きたかったが、青柳のそよ風に誘われて今日はそのまま過ごしたという情景を表しています。「花見にも行くべきものを」は、本来なら花見に行きたい気持ちを示し、自然の美しさに誘われながらも他のことに時間を使ってしまったという感情が込められています。「青柳のいとてにかけて今日は暮しつ」は、青柳の枝を見ながらその日の時間を過ごしてしまったという意味です。「いとてにかけて」は、柳の風に誘われて無意識に過ごしてしまうという情景を示しています。】

袖たれて いざ我がそのに 鶯の 木づたひ散らす 梅の花見に
袖を垂らして、さあ行こう、鶯が木を伝って散らす梅の花を見に。
【この歌は、梅の花が散る様子を見に行く決意を表現しています。「袖たれていざ我がそのに」は、袖を垂らして準備を整え、梅の花を見に行こうとする決意を示しています。「鶯の木づたひ散らす梅の花見に」は、鶯が梅の木を伝って飛び交い、梅の花を散らすシーンを描いています。鶯が梅の花を散らすことで、春の美しい風景とその儚さが表現されています。】

うつろはむ ことだに惜しき 秋はぎに 折れぬばかりに おける露かな
秋の萩が色褪せてしまうことを惜しく感じる、萩が折れそうなばかりに露降り積もる露のように。
【三十六歌仙の1人、伊勢が詠んだ歌です。秋萩の美しさが儚く、すぐに色褪せてしまうことを惜しむ気持ちを表現しています。同時に、その萩に重く降り積もる露の様子を描写することで、秋の情景と無常観を巧みに表現しています】

十 両方體(両方体)

<以下はおそらく欠損箇所(ウィキソースから補筆)>
両方體

山高き 雲井に見ゆる 桜花 心のゆきて 折らぬ日ぞなき
【凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌。ChatGPTの解釈が間違えている気がするので自分で書きます。雲がたなびく空の向こうにそびえる山に咲く桜の花。その情景の美しさを見ては、手折ってきては心の中にしまっています(手折らない日はありません)。】

年をへて 花の鏡となる水は 散りかよるをや くもるといふらず
【これも伊勢さんの歌…なのですが、よく聞く伊勢さんの歌とは微妙に異なります。長い間、梅の花を映す鏡になってきた水面(みなも)は、花が散り(塵)…鏡の役割を担えなくなる…もはや花を映せなくなることを「くもる(曇る)と呼んでいるのだでしょうか。歌を詠んだ伊勢さんが、「私は長いあいだ、あの人を美しく映し出す水面…鏡のように生きてきたけれど、もうその役割を担えなくなってきた…という寂しさを詠んでいるような気がします】

<以下の箇所から紙が復活>
わびしらに ましはな鳴きそ 足引の 山のかひある 今日にやはあらぬ
【悲しげに鳴く猿(ましはな)よ、そんなふうに鳴かないでおくれ。(詞書から……今日は法皇がお出ましになる特別な日)なのだから、山の谷間(峡=かひ)にいるあなたたちにとっても、喜んで鳴く甲斐(かひ)のある日ではないのかい。】

しらゆきの ともに我身は ふりぬれど 心は消えぬ ものにざりける
降り積もる白雪とともに、私の身も年老いてしまったけれど、心だけは決して消え去るものではなかったのだなあ。
【大江千里が、白雪が降り積もる様子を自分の老いと重ねて詠んでいます。「ふりぬれど」は「降る」と「老いる(古る)」を掛けた表現で、雪が降るように自分も歳を重ねたことを示しています。しかし、「心は消えぬ」とあるように、歳を取っても心だけは変わらず、生き生きとしていることを強調しています。冬の情景と老いの嘆きを重ねながらも、精神の不変さを詠んだ、味わい深い和歌です。】

此體、古歌之所好、俗以之云會不然。不詩之風義耳。
この形式(和歌の体)は、古い歌で好まれてきたものであり、世間ではこれを「会」(ある特定の形式や集まり)と呼んでいるが、それは正しくない。ただ、詩の風情や趣を表現するものに過ぎない。
【この文章では、和歌の「体」(形式)が昔から好まれていたことを述べています。しかし、世間ではこの形式を「会」として理解しているが、それは本質的には違うのだと言っています。本来の目的は、単に詩としての風情や趣を表すことであり、形だけにとらわれるべきではないということを伝えています。】

右和歌體十種一巻者▢有之
御子左一流忠家卿御真筆▢寂▢▢▢弥者や
忠家卿者五條三位俊成卿之祖父や▢▢希有之〜〜〜〜
▢安▢暦 八月仲旬

【この「和歌体十種」の一巻は、御子左(みこさ)一流の忠家卿(ただいえきょう)の自筆のものである。すでに久しく時が経ち、忠家卿は五条三位俊成卿(ごじょうのさんみ しゅんぜいきょう)の祖父にあたる。この書は「安暦○年八月の中旬」に書かれたものである。】

断簡箇所(華艷体の途中から両方体の途中まで)

此體与興混諸歌以▢▢▢然▢
求其▢之美麗強以又相▢也
この形式(体)は、興趣を持つさまざまな歌と混ざり合っていて、その美しさを求めるために、さらに強く表現されている、という意味です。
【この部分では、和歌の形式がただ歌として存在するのではなく、さまざまな感情や趣味が組み合わさり、さらにその美しさを求めて強調されることを示唆しています。つまり、この形式が単なる表現だけでなく、感情や意図をより強く伝えることに重きを置いていることが伝わります。】

両方被思體(もしくは両方到思體)

山高き 雲井に見ゆる 櫻花 心のゆきて 折らぬ日ぞなき
山高き雲井に見える桜花、心が動いて折らずにいられない日がない
【この部分では、和歌の表現において、「両方思体」(感情と表現が一体になった形)または「両方到思体」(感情がそのまま形に現れる形式)とされる状態について述べられています。具体的に例を挙げると、桜の花が雲がたなびく空の向こうの、高い山に見えるという描写を通じて、心の動きが強調され、感情が自然に表現として現れることが示唆されています。「折らぬ日ぞなき」とは、桜を見てその美しさに心が動かされ、手折らずにいられない日がないという意味で、感情が強く反応していることを表しています。】

ということで、今回のnoteは以上です。週末にこれを見ながら、本物を見られれば良いなと思います。

■参考にすると良いかもしれない文献

<主にウィキソースの翻刻が正しいかを確認>
佐佐木信綱 編『日本歌学大系』第1巻,文明社,昭15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1256957

<『和歌体十種』の解釈が記されている論文>
『和歌体十種』を読む
https://docs.google.com/viewer?url=https%3A%2F%2Fda.lib.kobe-u.ac.jp%2Fda%2Fkernel%2F81011805%2F81011805.pdf


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