4世紀前後の古墳時代の大刀……国宝ですよ
国宝というと、「絵画/書跡/彫刻/建築/金工/刀剣/陶磁/漆工/染織」などに分けられます。ここまでは具体的な分別なのですが、そのほかに、「考古資料」や「歴史資料」という分類があり、これらは漠然としていますよね。そのため特に「考古資料」の中には、絵画や彫刻、金工や刀剣なども含まれるパターンがあります。
そのため、東京国立博物館収蔵の、古墳時代の刀剣や甲冑も、刀剣コーナーではなく、平成館の考古室に集められています。
■国宝『家形飾環頭大刀』
<2022年8月18日>に平成館の考古室に展示されていた、家形飾環頭大刀は、奈良県の東大寺山古墳から出土したものの中の一つです。同大刀は国宝に指定されていますが、この大刀ひと振りが指定されたわけではなく、同じく東大寺山古墳から出土した腕輪や石または金属製品、玉や、ほかの大刀などとともに一括して国宝に指定されています(大刀についても金属製品として指定されているようです)。
『家形飾環頭大刀』





古墳時代の刀剣については、トーハクブログで詳細を説明してくれています。
■注目度の高い『金錯銘花形飾環頭大刀』
下は、東大寺古墳の出土品の中でも、最も注目されている金錯銘花形飾環頭大刀です。

注目されているポイントは、解説パネルによれば「日本最古の出土銘文刀剣」だからです。東大寺古墳で出土した他の大刀と同様に、刀身部は中国製で環頭部は日本製だと考えられています。
その刀身の背部に、金の象嵌で、24文字が刻まれていたと“みられて”います。トーハクブログにも「この大刀には、24文字の金象嵌の銘文がありました」と、過去形なのが気になります。出土した当時は刻まれていたけれど、保管している間に消えてしまった…錆びて読めなくなってしまった…などということでしょうか(今度、調べてみようと思います)。刻まれていた銘文は、下記の通りです。
中平□年五月丙午造作支刀百練清剛上応星宿下避不祥
Wikipediaによれば「中平□年五月丙午の日、銘文を入れた刀を造った。よく鍛えられた刀であるから、天上では神の御意に叶い、下界では禍を避けることができる」という意味だと言います。
解説パネルには「中平とは、184〜189年の後漢・霊帝時代の年号で、後漢書東夷伝に倭国大乱があったとされる時期」ということです。
ここから、研究者の間ではなんやかんやと研究した結果、「中国の皇帝や権力者から、卑弥呼に贈られた大刀」とする研究者もいると、トーハクブログに記されています。このブログ(2017年06月19日)は、東大寺古墳出土品が、国宝に指定された際のお披露目展示に関連したもの。トーハク学芸員の興奮が伝わってきます。

家形飾環頭柄頭
■出土した東大寺古墳群
地図で、東大寺古墳群について調べてみました。いくつかの前方後円墳で構成されていたようです。ただし、メインとなる東大寺古墳をはじめ、地形の起伏だけを見て「ここが前方後円墳だったんだ!」などと判然となる古墳は、ほとんどありませんでした。
また、「東大寺」という名前がついているわりに、東大寺古墳群は東大寺からは約9km離れています。公共交通機関を利用すると、だいたい40分ほどです。
当古墳には「ワニ」氏に関連する人が祀られていると考えられています。これに関しては東大寺古墳の周辺に、現在も「和爾」という地名が散見されます。
等高線を見られるWeb等高線メーカーの地図に各古墳を重ね合わせてみたのが、下図です。

地図に前方後円墳などの遺跡の位置を描いていきましたが……特に新たに何かがわかった……ということもなかったです……。
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