次の国宝も!? トーハク自慢の、美顔の仏像が勢揃い
東京国立博物館の本館11室は、仏像の部屋。現在は、数多くのトーハク所蔵の中から、指折りの仏像が展示されています。ラインナップのほとんどは、鎌倉時代のものです。<2022年8月30日〜12月25日>
トーハクのサイトを見ると、今回の展示の“狙い”が、あまり記されていません。なんとなくトーハクで人気の仏像を並べていったら、鎌倉期に制作されたものが多かったということでしょうか。
■次の国宝の呼び声が高い『菩薩立像 C-20』
まずは仏像の部屋に入ると、出迎えてくれるのが『菩薩立像 C-20』です。最も美しく人気のある像だから、入口に据えられることが多いのでしょう。

「菩薩立像」の「C-20」ってなんだ? と不思議に思うかもしれません。でもこの仏像は、由来が全く分かっていないんですよね。久しく如来だっただろうと言われてきましたが、最近では菩薩でしょ……ということになっているようです。

『菩薩立像 C-20』については、いまゆっくりと調べているところです。どこかのタイミングでまとめたnoteを作りたいと思います。
■阿弥陀如来立像(伝釈迦如来像)

月輪大師俊芿が実質的に開山した泉涌寺に伝来した像。はじめ釈迦如来像として博物館に登録されたそうですが、現在は阿弥陀如来立像とされています(なぜ釈迦如来から阿弥陀如来へ変更されたのは不明です。分かったら追記しようと思います)。

俊芿は、鎌倉時代の1166年 - 1227年の、肥後国出身の学僧。正治元年に宋へ渡り、足かけ13年の滞在で天台と律を学び、建暦元年に日本へ帰国した。彼は宋から多くの文物をもたらし、|泉涌寺《せんにゅうじ》の伽藍は全て宋風に造られた。(Wikipediaより)
■『十一面観音菩薩立像』
こちらも由来がはっきりしていませんが、顔がたくさんあるので「十一面観音菩薩」ということは間違いありません。

7世紀半ば過ぎの唐で作られました。少し顔が大きく身体が小さく見えます。また顔の作りがインド風なのも特徴です。当時の唐の人が造ったとしたら、外国人の描き方が上手ですね。解説パネルには、「インド風のエキゾチックな面貌は,この時期の唐におけるインド風の流行を反映しています」と記されています。
■『十一面観音菩薩立像』
もう一つ、十一面観音菩薩立像です。
観音菩薩は、千手観音や馬頭観音など、いろんな姿に変えて人々を救済する仏さま。その変化身の一つが「十一面観音菩薩」です。頭の上に十壱の顔を持つ菩薩で、10種類の現世での利益と4種類の来世での果報をもたらすと言われています。

平安時代に制作された立像です。写真は、特別展『国宝 聖林寺十一面観音』開催中の2021年の8月に、撮ったときのものです。


ちなみに聖林寺の十一面観音は、こちらです(写真は模刻です)。聖林寺のは、高さが2mを超えるものでした。

こちらも2021年に開催された特別展『国宝 聖林寺十一面観音』の会期中に、トーハクの平成館ラウンジに展示されていた模造です。本物は見られませんでしたが……。

■善円作(?)『文殊菩薩立像』
そういえば、生まれた年によって、守護してくれる「守本尊」が決まっているのが知っているでしょうか。年齢がバレますが、わたしの守本尊は「文殊菩薩」です。そのことを知った20代の半ば以降は、文殊菩薩への親近感が増しました。


解説パネルには「着物のように胸前で襟を合わせた衣を着る形式は、現実感のある姿として鎌倉時代に流行しました。切れ長の目やはっきりと刻んだ耳などは、奈良地域で活躍した善円という仏師の作品に多く、本像もそれに連なると考えられます」と記されていました。
作者については、トーハクのサイトにある解説では「善円の作とみてまちがいありません」と、自信たっぷりです。きっと善円作なのでしょう。

鎌倉時代の仏師としては、運慶や快慶、それに運慶の弟子たち……孫の康円などの慶派という流れ(工房)をよく聞きますよね。その康円と同時期に活躍したのが、善円さんです(のちに善慶と改名)。
■『阿弥陀如来および両脇侍立像(善光寺式)』
観音&勢至の両菩薩を両脇に従えた阿弥陀如来の三尊像です。
「善光寺式」とされているのは、長野・善光寺の本尊である「阿弥陀如来」を模したということ。一つの光背に三尊がおさまる一光三尊形式の像。光背や台座はなくなってしまったそうです。トーハクには、この善光寺式をいくつか収蔵されていて、今回のはその一つです。

なお、中央に立つのが阿弥陀如来で、向かって右側が観音菩薩で、左側が勢至菩薩です。この位置関係は一光三尊形式のフォーマットです。そのためパッと見ただけで、右が観音菩薩で左が勢至菩薩と分かります。ただ、同じように見える左右の脇侍は、宝冠正面に描かれたアイコンが異なります。右の観音菩薩は、化仏といって、阿弥陀様の形をした仏様が描かれています。一方で、向かって左の勢至菩薩は、瓶が描かれています。
仏さまで分かりづらいのは、様々な如来や菩薩、前述の十二神将などが並列に並べられることが多いことのような気がします。多彩な仏像が、わぁ〜っと並べられているけれど、これは如来でこっちは菩薩……などと言われても、なかなか個性を掴めません。
その点で三尊像は、如来が中央に立っていて、その脇を観音&勢至菩薩が近侍しているという構図なので、パッと見れば「あぁ如来が1番偉くて、観音さまと勢至さまが従っているのね」と分かりやすいですね。
■『地蔵菩薩立像 C-332』

「地蔵菩薩は地獄を巡って人々を救済する仏」なのだそうです。


■十二神将像
もともと京都の浄瑠璃寺にあった十二神将像です。鎌倉期に活躍した仏師の運慶によって作られたという説があります。
トーハクに収蔵されているのは、今回展示されている辰神・巳神・未神・申神・戌神の5躯で、残りの子神・丑神・寅神・卯神・午神・酉神・亥神の7躯は、静嘉堂文庫美術館に収蔵されています(なお、静嘉堂文庫美術館は10月から東京駅近くに引っ越ししてリニューアルオープンします)。





■『大日如来坐像』



■『不動明王立像』

■『愛染明王坐像』


■康円作の『文殊菩薩騎獅像および侍者立像』
『文殊菩薩騎獅像および侍者立像』は、獅子の上に乗った文殊菩薩が、財前童子や大聖老人を従えています。本館11室の「仏像の部屋」を締める、ハイライトとしてふさわしい迫力と精巧な出来栄えです。

獅子に乗った文殊菩薩に4人の侍者が従う「渡海文殊」の形式では、奈良にある安倍文殊院の国宝「文殊五尊像」がダントツで有名ですが、こちらのトーハク所蔵のものも、負けてはいません。

こちらは運慶の孫の康円によって、鎌倉時代の文永10年に作られ、奈良・興福寺の勧学院の本尊でした。
このことは、文殊菩薩の乗る獅子の頭部に「法眼康円作也」と記されていることと、体内(仏像内)に収められていた文書などによって分かっています。






e國寶には、「台座の框(かまち)の上面に海の波が描かれている」とあるのですが、残念ながら確認できませんでした。かなり近づかないと見えないのかもしれません。
■『地蔵菩薩立像』
以上で紹介したのは、本館1階のジャンル別展示の「彫刻」に分類されている仏さまたちです。一方で、こちらの『地蔵菩薩立像』は、2階の「仏教の美術」で見られます。
京都の浄瑠璃寺にあった、平安時代に作られた地蔵菩薩立像です。

「穏やかな表情や細見の体つき、浅い衣の襞などは、平安時代後期に流行した姿で、表面の彩色や、金箔を細く切って表した戴金も制作当時のものである点が貴重」(解説パネルより)

頭がツルッときれいに丸いですね。

前述のとおり、地蔵菩薩は人々を地獄から救ってくれる仏さまです。トーハク2階の同じく「仏教の美術」の部屋には、現在、土佐光信が描いたという『星光寺縁起絵巻 巻下』が展示されています(10月10日まで)。こちらは星光寺の本尊、地蔵菩薩について記されています。『菩薩立像』と合わせて見ることをおすすめします。
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