東京国立博物館の東洋館で見て回れる、世界の土偶〜2023年夏〜
東京国立博物館(トーハク)の東洋館と言えば、中国、朝鮮半島からエジプトまでの遺物が展示されている建物です。そんな東洋館には、実はお宝がザクザクあるのですが、1日で特別展を見てから本館を経由して、東洋館を巡る……なんてことは難しいです。必然的に、平成館や本館が激混みしていても、けっこう東洋館はのんびりと見て回れることも多いです。
久しぶりに行ったトーハクは、とても混んでいたため、東洋館で土偶をチェックしていくことにしました。
土偶と言っても、それは読んで字の如くの「土製のフィギュア」ということです。土製と言っても「じゃあ陶器はどうなんだ?」なんて難しいことは言いっこなしw 以下「土偶だな」と思ったものを紹介していきます。

■朝鮮(三国時代)の土偶(5〜6世紀)
まずは朝鮮半島が三国時代と呼ばれていた頃……5〜6世紀の土偶です。同時期の中国の五胡十六国→南北朝→隋(ずい)あたり、日本は古墳時代から飛鳥時代(初期)にかけての頃になります。




小倉コレクション保存会寄贈

小倉コレクション保存会寄贈

小倉コレクション保存会寄贈


小倉コレクション保存会寄贈



重要文化財

重要文化財

小倉コレクション保存会寄贈・重要文化財

小倉コレクション保存会寄贈・重要文化財
【2024年7月5日追加】

朝鮮|三国時代(新羅)・5~6世紀|土製
小倉コレクション保存会寄贈

■インドのセクシーな女神像(10〜13世紀)
この女神像は今回、初めて見ました。こんな魅力的な像が展示されていれば気が付かないはずがありません。日本アニメの女性像の源流を発見! したような気がしました。
カジュラーホーはチャンデーラ朝(10~13世紀)の古都で、ヒンドゥー教、ジャイナ教の寺院が数多く残っています。この時代のヒンドゥー寺院は建物の壁面を無数の神像、天人像、男女の性愛を表わしたミトゥナ像などで埋め尽くすのを通例とし、本像もそうしたものの一部でしょう。




チャンデーラ朝は、9世紀初頭から14世紀初頭にかけて、インド中部のブンデールカンド地方 (現マディヤ・プラデーシュ州)に存在したヒンドゥー王朝。首都はカーリンジャル、カジュラーホー、マホーバーと変遷。ヤショーヴァルマン(在位:925年 - 950年)の治世時に、首都カジュラーホーにヴィシュヌ神にささげる宮殿として、ラクシュマナ寺院を建設したことが知られている。
現在展示されている《女神像 TC-448》が、ラクシュマナ寺院のものかは不明ですが、上の寺院写真を拡大してみると、様々な像が寺院壁面に配置されているのが確認できます。表情や体形は異なりますが、ポージングや着ているアクセサリーなどが酷似した同寺院の像も、Wikipediaの英語版でも確認できました(下の写真)。

下の《飛翔する神像 TC-785》は、また別の場所にあったもののようですが、同じく「ヒンドゥー教寺院の建物の柱上部や天井の周縁部など」に設置されたものだと考えられています。

右手に短剣をもち、体をくねらせて飛翔しています。中世インドのヒンドゥー教寺院の建物の柱上部や天井の周縁部など人々が見上げるような場所に設置され、装飾意匠として取り付けられていたものと思われます。
■中国のヨートカンのテラコッタ像(1〜4世紀)
シルクロードの街・ホータン(和田・ウイグル自治区)のほど近くにある遺跡・ヨートカンからの出土品も数十個が展示されています。ホータンやヨートカンについては、下記noteで知る限りを記しています。

テラコッタは、イタリア語の「焼いた土」に由来する言葉です。陶器や建築用素材などに使われる素焼きの焼き物。解説パネルの英語表記では「Clay Figures」とあり、中国語表記では「赤陶小像」とあります。




以下は、同じくホータン(和田)出土品で、大谷探検隊将来品でもありますが、ストゥッコ(スタッコ)で作られた小像です。ストゥッコは、漆喰の一種で「建造物の内外に塗りつける左官材料」です。

大谷探検隊将来品





以下も同じくホータンから大谷探検隊が持ち帰ったフィギュア。ただし土製ではなく青銅製なので、土偶ではありません。



■眼の偶像
「眼の偶像(eye idol)」と呼ばれるアラバスター製の(解説パネルによれば)“人物像”です。この眼の偶像は、その多くがシリア北部のテル・ブラク(Tell Brak)遺跡から出土しています。

眼を強調しているあたりが、縄文時代の遮光器土偶に通じるものがあるような気もします。こちらはぱっちりと眼を見開いていて、遮光器土偶は眼じたいを隠しているようにも思えますけど……もしかすると遮光器土偶は、遮光器ではなく眼そのものを表現している可能性だってありますからね。

続いては、メソポタミアのウバイド期(前5千年紀)に作られた土製の《地母神像》です。先ほどの《眼の偶像》が紀元前の3800年で、《地母神像》が紀元前5000年頃のもの……現在が紀元2023年ですから、キリストが生まれるよりもさらにさらに古い時代に、こうした神像のようなものが作られていたとは……気が遠くなるような時間が経過して、トーハクに展示されているんだなぁと、感慨深いです。

【2024年7月5日追加】

イラク、ニップール出土
古バビロニア時代・前 18~前16世紀|土製
イラク考古総局寄贈

イラク|イシン・ラルサ時代・前2000年頃|土製


イラク|古バビロニア時代・前 18~前16世紀|土製

■エジプトの身代わり偶像たち
最近、ぼーっとエジプト学者のYouTubeチャンネル、『河江肖剰の古代エジプト』を見ることがあります。エジプト古代史に特段の興味があるわけではありませんが、第一級の(ですよね?)研究者の解説が、無料で見られるなんて、すごいことですよね。
東洋館に展示されているエジプト史関連の遺物は、それほど多くはありません。その中でいつもチェックしているのが小像です。今回の《シャプティ》と呼ばれる人形もその1つ。

ペンシルヴェニア大学寄贈
シャブティは、死者があの世で課される労働を肩代わりしてくれる人形。大抵は籠や鍬などの農具を手にしています。第3中間期の墓では、1年間(365日)の労働を日替わりで回せるように、365体のシャブティと、その監督官を収める場合がありました。

ペンシルヴェニア大学寄贈

ペンシルヴェニア大学寄贈


■猫の神様……バステト女神像
エジプトのネコ型の女神《バステト女神像》は、本体が青銅鋳造なので、まったく土偶ではありません。
この解説パネルには、前5〜前4世紀頃に作られたと記しています。う〜ん……東洋館で解説パネルを見ると、本当に時代というか時間の間隔がバグりますね。この精緻に作られたネコ型の像が「4〜5世紀」ではなく、「前5〜前4世紀」ですよ。2回見て、やっぱり間違いではなく紀元前の話だということに思いを馳せてみますが……やはり日本史脳では想像できません。なぜって、日本史だと「前5〜前4世紀」は、やっと弥生時代に入った頃ですかんらね……。


いま一般的な家猫は、アラビア半島あたり(サウジアラビア)に起源を持つ猫だと言われていますよね。そこからほど近いエジプトのナイル川下流のデルタ地帯で、ネコ型の女神バステト崇拝の中心地があったそうです。そこは「ブバスティス(Βούβαστις)」という場所で、「ネコのミイラのエジプトにおける主要な保管所」だったそうです(Wikipediaより)。


この像が、どこから出土したものかは不明ですが、何度見てもすごい技巧ですよね。


木と漆喰で作られた《プタハ・ソカル・オシリス神像》。この並びの中では大型の偶像でした。
メンフィスの創造神プタハ、メンフィスの墓地の神ソカル、冥界の支配者オリシスの3神がひとつに組み合わされた神。末期王朝からプトレマイオス朝時代にかけてこのような像が多く作られ、死者の再生を願って墓に納められた。
寄贈者は京都四条派の画家、久保田米僊(べいせん)です。どんな絵を描かれたのか、調べてみましたが、WEBでは見つけられませんでした。

■前2世紀頃のマドラー「攪拌棒」
《攪拌棒 TJ-5921》は、何の動物かは分かりませんが、骨製の攪拌棒……つまりはマドラーのようです。当然、土偶ではありませんが、ここで紹介します。

以下は

ピンの頭部には、足を投げだしてくつろぐ男性と、酒杯を手にして座る女性が表現されています。和やかな宴席の雰囲気が伝わります。饗宴はギリシア・ローマ美術で好まれた題材の一つであり、本作品と同時代のバルミュラ遺跡 (シリ ア)の墓のなどにも、同様の図像を見ること ができます。
今回は以上となります。
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