「また今度」って言った人たちと、結局あれから一度も会っていない
「また今度、飲みに行きましょう」
そう言われて、そう言い返して、そのまま一年以上経っている人が、片手じゃ数えきれないくらいいる。
「また今度」は、たぶん一番使いやすい言葉だと思う。その場の空気を壊さずに、でも今すぐ決めなくていい。便利すぎるから、つい使ってしまう。
高校時代の友達と偶然お店で会ったときも、「また今度ゆっくり話そうね」と言って別れた。連絡先は交換したのに、それ以来、一度もメッセージを送っていない。送ろうとして、「今送ったら変かな」と考えて、結局そのまま数ヶ月経った。
常連さんに「今度、休みの日にでも本の話でもしましょうか」と言われたときも、「いいですね、ぜひ」と即答したのに、実際にその「今度」がいつなのか、私も相手も、たぶん決める気がなかった。
不思議なのは、「また今度」と言った瞬間は、二人とも本当にそう思っている気がすること。社交辞令というより、その場では本気で「今度」を望んでいる。ただ、「今度」を具体的な日付に変える作業だけを、誰もやりたがらない。
日付を決めるって、思っている以上に勇気がいる。断られる可能性も、相手の予定を聞く手間も、全部そこに詰まっている。「また今度」のままにしておけば、その可能性ごと保留にできる。
だから私はいつも、「また今度」を、先延ばしと呼ぶより、「まだ関係を終わらせたくない」という意思表示だと思うようにしている。そう思わないと、「また今度」って言った人の数だけ、自分が薄情に思えてくるから。
それでも、今日もまた一人、「今度また」と言って別れたお客さんがいた。次に会えるかどうかは、たぶんどちらでもいい。ただ、その場で交わした「今度」だけは、本当だったと思う。
