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「まだ大丈夫」と頭で考えても、体の感覚は嘘をつかない

【自己紹介】
ここでは、止まっていた僕がもう一度前を向くための試行錯誤を書いています。
同じように行き詰まっている方に、「あ、自分も少しやれるかも」と思えるきっかけを届けられたらと思っています。

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こんにちは、ハクヒカリです。

自分では順調にやれているつもりだったのに、知らず知らずのうちに心と体に限界がきていて、立ち止まらざるを得なくなるということがありました。

頭の中では、これくらいなら大丈夫だとか、理由があって疲れているだけだから気にすることはないと、すごく冷静に納得させていたんです。けれど、どれだけ頭で前向きな理屈をつけてみても、体に負荷がかかっていた現実は変わりませんでした。

後になって、どうして自分は限界を迎えるまで自分の辛さに気づけなかったんだろうかと、じっくり考えてみました。

そうして自分なりに心の中を整理していく中で、僕の中に長年居座っている2つの思考の癖に思い当たったんです。


それが、過度な客観性と過剰適応でした。




まず過度な客観性についてお話しすると、これは自分の辛さや苦しみを、まるで他人事のように冷静に分析してしまう癖のことです。

いま疲れているのはこういう理由があるからだとか、上手くいかないのは自分の技術が足りないからで次から直せばいいといった風に、自分の感情や体の悲鳴に対して、いちいち頭で理由をつけて納得させてしまうんです。冷ややかに自分を観察して言葉にできてしまうからこそ、自分はちゃんと状況をコントロールできていると勘違いしてしまいます。



そしてもうひとつの過剰適応。

これは、相手の期待やその場の空気を過剰に読み取って、求められている自分になろうとしすぎてしまうことです。

周囲に迷惑をかけちゃいけない、良い状態の自分を見せなきゃいけないと、周りの顔色を先回りして理想的な自分を演じ続けるうちに、素の自分が何を求めているのか、どれくらい疲れているのかが完全に分からなくなっていきました。

理屈で感情を抑え込み、外の期待に合わせ続ける。

この2つが重なった結果、僕は自分自身の体の声を完全に無視してしまっていたのだと思います。




ここから、この記事を読んでくださっているあなたに少し問いかけてみたいです。

あなたも、自分のちょっとしたSOSを、頭の理屈でかき消してしまっていませんか。

みんなこれくらい頑張っているんだからとか、ここで弱音を吐いたら迷惑がかかるからと、冷静に自分を分析して納得させ、無理に周りに合わせようとしていないでしょうか。

自分の状況をわかりやすく説明できる人や、他人の気持ちに敏感で優しい人ほど、この罠にハマりやすい気がします。

周りからは落ち着いているねとか、しっかりしているねと見られるかもしれません。でもその裏で、あなた自身の本当の気持ちや身体は、助けを求めて小さく悲鳴をあげているかもしれないんです。

頭でどれだけ大丈夫と分析できても、身体が感じている疲労や違和感は嘘をつきません。理屈よりも、その疲れたとか辛いという身体の感覚こそが、紛れもないあなたの本音だと僕は思うのです。

今回のことで僕は、自分の身体の声を無視して頭の理屈を優先させることが、いかに危険かを身をもって知りました。

だからこそ、いま少しでも無理をしている人に伝えたいです。

どうか、自分の分析力を自分を追い詰めるために使わないでください。なぜ辛いのかを論理的に解明することよりも、いま辛いと感じている事実そのものを、まずは自分自身が一番に認めてあげてほしいのです。

頭で考える正しい理由よりも、身体が教えてくれる素直な感覚を大切に。

僕もこれからは、頭の理屈で自分を言い負かすのをやめて、もっと自分の身体の小さな声に耳を傾けていこうと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


END.

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