やってる感だけは一人前――中道・立憲・公明3党会談が薄っぺらすぎた
3月18日の中道・立憲・公明3党の党首会談を見ていて、率直に思った。
これは何かを決める会談ではない。何かを決めているように見せる会談 だ、と。
社会保障国民会議には「参加する方向」。
統一地方選では「協力していく方針」。
中東情勢では「3党で申し入れ」。


言葉だけ並べれば、いかにも動いている。だが実際には、決断より先に条件、留保、確認、調整ばかりが並ぶ。
要するにこれは、政治を前に進める場ではなく、やっている感を出しながら責任は最小化する場 だった。
「参加する方向」は、参加を決めたことにはならない
今回もっとも大きな話は、社会保障国民会議に3党で参加する方向を確認したことだった。
しかし、中身を見れば「方向」であって「決定」ではない。
会議の趣旨を確認したい。
給付付き税額控除を本気でやるのか確認したい。
事務局体制も、議事録公開も、参加人数も確認したい。
ここまでくると、建設的というより、後でうまくいかなかった時の言い訳を先に並べている ようにしか見えない。
本当に腹をくくるなら、まず入って議論すればいい。
それをせず、入口で延々と条件を並べるのは、慎重というより腰が引けているだけだ。
いや、もっと正確に言えばこうだろう。
腹を括らない。腹も見せない。ましてや腹を切る気などさらさらない。
条件を並べる政治は、たいてい責任を取りたくない政治だ
もちろん、議事録公開や事務局体制の確認自体は必要だ。
だが、それを最初から全面に出しすぎると、有権者には別のものが見える。
「中で何をやるか」ではなく、
「どこまでなら責任を負わずに済むか」である。

今回の3党会談で前に出ていたのは、政策の中身より参加条件だった。
行動より留保。
結論より逃げ道。
これでは政策形成ではなく、責任回避の設計 に見える。
給付付き税額控除を語るのに、痛い論点から逃げすぎている
3党は給付付き税額控除を共通の関心事として掲げた。
減税を叫ぶだけより、制度設計に踏み込む姿勢自体は筋がいい。
ただし、本気でやるなら避けられない話がある。
所得把握をどうするのか。
資産把握をどこまで求めるのか。
マイナンバーとの紐付けをどう進めるのか。
給付と税をどう連動させるのか。
こうした論点は、必ず荒れるし、必ず嫌われる。
だが会見から伝わってくるのは、そうした痛みを引き受ける覚悟ではなく、「主要な関心事です」「本気度を確認したいです」という、いかにも真面目そうな言葉ばかりだった。

それでは、制度を進めたいのではなく、
制度を掲げる理性的な勢力に見られたいだけ ではないか、と疑われても仕方がない。
給付の甘い話だけ語り、執行の重さや政治的コストから目をそらすなら、それは制度論ではなく、上品ぶった人気取り である。
統一地方選の話になると、理念より算盤が前に出る
3党は統一地方選で協力し、議席を最大化する方針も確認した。
表向きは、豊かな地域社会、持続可能な地域社会、現役世代も安心できる社会保障といった共通価値を掲げる。
だが、ここで透けて見えるのは理念より算盤だ。
本来なら、共通政策が先にあり、その結果として協力が生まれるべきだろう。
ところが今回は逆だ。
先に「協力して議席を増やしたい」があり、その後で「共通価値を探します」と続いている。

これでは有権者には、
「何を実現したいのか」ではなく、
「どう並べば選挙で得か」 を相談しているように映る。
中東情勢でも、コメントは立派だが覚悟がない
中東情勢についても、3党で首相に申し入れを行うという。
停戦、地域の安定、エネルギー供給、自衛隊派遣への慎重姿勢。
言っていること自体は穏当だし、正論でもある。
だが、正論ばかりが並ぶ時ほど気になる。
その正論を言う側は、何を引き受けるのか。
今回見えたのは、そこへの踏み込みの弱さだった。
口は出す。
存在感も出す。
だが、自分たちが重たい判断の当事者になる気配は薄い。
これでは責任政治ではなく、後から「私たちは懸念を表明していました」と言うための位置取り に近い。
薄っぺらいのは、中身より先に“逃げ道”が見えるからだ
今回の会談は、何もしていないわけではない。
会談した。
方針を確認した。
今後の調整にも触れた。
だから一見すると、仕事をしているようには見える。
だが、よく見ると、彼らが一番丁寧に整えていたのは政策の中身ではない。
責任をかぶりすぎないための逃げ道 だった。
参加する方向。
ただし条件付き。
協力する方向。
ただし中身はこれから。
申し入れはする。
ただし責任は負わない。
ここまで一貫していると、偶然ではない。
これはスタイルだ。
やっている感だけ最大化し、責任だけ最小化する政治。
今回の3党会談が見せたのは、まさにその薄っぺらさだった。
彼らが次に「前向きに検討」と言い出した時、こちらが見るべきなのは美しい言葉ではない。
どこに逃げ道を作っているのか。そこだ。
