中国軍の「正義使命‑2025」は何を締め上げるのか──台湾包囲から見えること
【概要】中国軍の台湾包囲演習「正義使命‑2025」は、台湾を窒息させる封鎖シミュレーションです。その影響は、第一列島線をめぐる安全保障だけでなく、日本のシーレーンや半導体依存にも直結します。
2025年12月29日、中国人民解放軍は台湾を取り囲む大規模な軍事演習「正義使命-2025」を開始しました。台湾周辺での演習は今年4月以来、頼清徳政権発足後では実に4度目となります。中国外務省は「国家の主権と領土を守るために必要な行動」と正当化しましたが、この軍事演習は単なる軍事的誇示にとどまらず、地政学的、経済的、そして心理的な多層戦略の一環です。本記事では、安全保障、国際政治、経済という3つの主要な視点から、この演習の真の意図と日本への影響を徹底解説します。

中共解放軍臺海周邊海、空域動態
https://www.mnd.gov.tw/newslist
午前6時時点で、合計130機の航空機が探知され(うち90機が中央線を越えて北、中央、南西、東の空域に入った)、14隻の船舶と8隻の公務船が、台湾海峡周辺での活動。

演習の全貌:台湾を「窒息」させる包囲網

今回の演習「正義使命-2025」は、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍が参加する統合作戦です。演習区域は台湾を完全に包囲する形で設定され、12月30日には台湾周辺5カ所の海空域で実弾射撃訓練も実施されました。中国軍は駆逐艦、フリゲート艦、戦闘爆撃機、無人機を動員し、台湾東側の海空域でも海上攻撃訓練を行っています。

東部戦区の施毅報道官は、演習の重点科目として「海空戦備警巡(パトロール)」「総合的制空権の奪取」「主要港湾・重要海域の封鎖」を挙げました。これは単なる演習ではなく、台湾の主要6港湾(台北、台中、安平、高雄、花蓮、基隆)を実際に封鎖するシミュレーションです。これらの港湾は台湾海峡がある西側に集中しており、中国海警局が10隻以上の船舶を展開すれば、わずか7日間の作戦でも一定の効果が見込まれるとの分析もあります。
安全保障の視点:中国軍の戦略構造と台湾包囲戦
第一列島線:中国の「絶対国防圏」
今回の演習を理解するには、「第一列島線」という概念が不可欠です。第一列島線とは、九州沖→沖縄→台湾→フィリピン→南シナ海を結ぶラインで、中国が勢力圏を確保するため独自に設定した軍事的防衛ラインです。中国は台湾有事を想定し、米軍の侵入を防ぐ自国防衛の最低ラインとしています。
中国にとって第一列島線で囲まれた内側の海域(東シナ海・南シナ海など)と、その中にある台湾や尖閣などは、自国が「絶対国防圏」として排他的にコントロールしたいエリアとみなされています。
その外側、第一列島線から第二列島線(伊豆・小笠原諸島からグアム、マリアナ諸島方面に続くライン)までの海域は「バッファーゾーン」とされ、米軍が進出してきた場合にはこの帯の中で迎撃・殲滅することを想定していると言われます。

台湾はこの第一列島線の要衝に位置します。中国が台湾を掌握すれば、東シナ海から南シナ海へのアクセスを強化し、潜水艦や空母機動部隊の自由な展開が可能になります。これにより、太平洋のシーレーンを支配下に置き、エネルギー資源の輸入ルートを確保できるのです。
東部戦区とロケット軍:対台湾作戦の指揮中枢
中国人民解放軍は2016年、従来の7つの軍区を5つの戦区に再編しました。その中で東部戦区は、江蘇、上海、浙江、安徽、江西、福建を管轄し、対台湾、対日、対米戦略の要となる戦区です。東部戦区は戦区陸軍司令部を台湾の対岸に位置する福建省の福州に置き、台湾をにらむ布陣となっています。

https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2025/pdf/R07010302.pdf
ロケット軍は、中国人民解放軍の中で戦略ミサイルを運用する専門部隊です。2015年に従来の「第二砲兵」から「ロケット軍」に改称され、中央軍事委員会の直接統制下に置かれました。ロケット軍の参加は、今回の演習が単なる海空軍の訓練ではなく、統合作戦能力の検証を目的としていることを示しています。
グレーゾーン戦術と「アナコンダ戦略」

中国は「グレーゾーン戦術」を巧みに使っています。グレーゾーン事態とは、武力攻撃を受けるまでには至っていないものの、国家の主権が侵害されている状態のことです。中国は、平時ではないものの、軍事衝突とも言えない「グレーゾーン」戦略で台湾に圧力を加え続けています。
台湾国防部はグレーゾーンの脅威を軍事手段と非軍事手段の2つに大別し、サラミ戦術で徐々に脅威の度合いを増して自らに有利な態勢を形成し、台湾側の戦力を消耗させるだけでなく、民心の動揺を誘い、中台の現状を改変することを企図していると認識しています。
具体的には、以下のような手段が含まれます
台湾周辺での頻繁な軍事演習と警戒・監視活動
台湾の防空識別圏への軍用機の侵入
台湾からの農産物や海産物の輸入禁止
サイバー攻撃
メディア報道・情報工作を通じた世論形成
台湾選挙前の監視気球の飛行
専門家はこの一連の演習を「アナコンダ戦略」と呼んでいます。世界最大の蛇アナコンダが獲物に巻き付いて徐々に絞め殺すように、中国は全面的な武力衝突なく、台湾を段階的に征服しようとしているのです。今回で7回目となる大規模な台湾包囲訓練は、このアナコンダ戦略の着実な実行を示しています。
中国の意図は明確です。台湾を軍事的に威圧し続けることで、台湾の人々の士気をくじき、中国への対抗意識を低下させ、最終的には台湾を「中国の軍門に下らせる」こと。これは『孫子』の「戦わずして勝つ」戦略の現代版といえるでしょう。
国際政治の視点:米中対立の最前線と日本の選択

トランプ政権の武器供与と中国の経済的ジレンマ
今回の軍事演習の背景には、米国の動きがあります。トランプ政権は12月18日、台湾に対して総額111億ドル(約1兆7000億円)という過去最大規模の武器売却を承認しました。その中には、高い機動力を誇るロケット砲システム「ハイマース」や、射程約300kmの地対地ミサイル「ATACMS」が含まれています。ATACMSは、台湾沿岸部から中国の福建省の主要都市が射程に入る強力な抑止・攻撃能力を持つ武器です。


中国外務省は強く非難しました。しかし、専門家は「中国外交部の報道官は、アメリカに対して一応強い口調で非難はするけれど、行動は多分伴わない」と指摘しています。中国経済は非常に低迷しており、トランプ大統領が関税を下げてくれたばかりのこの時期に、アメリカとの合意を壊してしまうと「2026年の中国経済は持たない」というのが実情なのです。
つまり、中国の激しい言葉での反発とは裏腹に、経済的には米国との関係維持が不可欠という苦しい立場にあるのです。
高市首相の「存立危機事態」発言

もう一つの重要な背景が、日本の高市早苗首相による国会答弁です。11月7日、高市首相は衆院予算委員会で、「中国が台湾に対して武力を用いた場合は日本の存立危機事態に成りうる」と述べました。これは歴代総理として初めて、台湾有事が集団的自衛権の行使を可能にする「存立危機事態」に該当する可能性を明言したものです。
中国はこの発言に激しく反発しました。中国外務省は台湾の民進党政権を「アメリカに依存して独立を図ろうとする平和の破壊者、戦争の扇動者」と非難し、中国軍は「日本が台湾情勢に武力介入すれば、悲惨な代償を払うことになる」と強い言葉で警告を発しました。さらに中国は、日本への渡航自粛を自国民に呼びかけ、中国大手旅行会社の一部は日本ツアー商品の販売停止に動き始めました。(実際は中国共産党による官製キャンセル)
高市首相の発言は、一部野党からは批判を浴びましたが、一方で国民の多くが「安全保障の現実を直視した発言」として評価する声もあります。日本の安全保障にとって「台湾海峡の平和」の重要性は、実は1969年の佐藤・ニクソン共同声明で「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素である」と既に述べられていました。高市首相の発言は、この半世紀にわたる認識を改めて明確にしただけともいえるのです。
歴史的文脈:1995-96年台湾海峡危機との比較

今回の軍事演習は、1995-96年の第三次台湾海峡危機との類似性が指摘されています。当時、台湾の李登輝総統が米国を訪問したことに対する報復として、中国は1995年7月から1996年3月にかけて、台湾沖で一連のミサイル発射演習と軍事演習を実施しました。
1995年7月21日から26日にかけて、中国は台湾領内彭佳嶼の北60キロメートルに限った地域で弾道ミサイル試験を行い、同時に福建省内の部隊を動員しました。8月15日から25日にかけて再び実弾を伴うミサイル発射が行われ、11月には広範囲の陸海演習が行われました。
1996年3月には、台湾で初めての総統直接選挙が行われる直前、中国は台湾を軍事的に占領することをイメージした三軍合同上陸演習を含む一連の軍事演習を実施しました。米国は1996年3月8日、既に西太平洋に駐留していたインディペンデンス空母戦闘群を台湾近くの国際海域に展開すると発表し、中国の軍事的圧力に対抗しました。
興味深いことに、2019年の産経新聞の連載記事『李登輝秘録』によれば、1995年7月初めに前もって中国側から李登輝の国策顧問に「2、3週間後、弾道ミサイルを台湾に向け発射するが、慌てなくていい」と連絡があったと証言されています。つまり、中国は台湾側に事前通告した上で、国際社会に向けたメッセージとして演習を実施していたのです。
今回の「正義使命-2025」も、頼清徳総統が「一つの中国」の原則を認めない立場を強調したことへの対抗措置として位置づけられています。30年前と同様、中国は選挙や政治的イベントのタイミングを狙って軍事演習を実施し、台湾の独立志向の政権に圧力をかけ続けているのです。
ただし、1995-96年の危機と今回の演習には重要な違いもあります。当時は弾道ミサイルの発射が確認されましたが、今回の演習では(少なくとも公表された情報では)ミサイル発射は確認されていません。また、2022年8月のペロシ下院議長訪台時の演習と比べても、今回の規模は抑制的とされています。これは、中国が国際社会からの非難や経済的コストを考慮し、エスカレーションを避けているとも解釈できます。
経済の視点:日本経済への多層的な打撃

台湾有事は、日本経済に壊滅的な打撃を与える可能性があります。その影響は、シーレーン、半導体供給、サプライチェーンという3つの次元で日本を直撃します。

シーレーン、半導体供給、サプライチェーンなど、日本の基幹インフラと産業への深刻な影響が明確になっている。
シーレーン:日本経済の99.5%が依存する海の道
日本の国際貿易は重量ベースで99.5~99.6%を海上輸送に依存しています。このように日本はほぼ完全に海上輸送に依存しており、南シナ海から台湾南部・東部を通過するシーレーンは、日本経済の生命線です。このルートは、中東からの石油やLNG(液化天然ガス)を日本に運ぶ重要な航路でもあります。
中国が台湾周辺で軍事演習を活発化させたり、海上封鎖を実施したりすれば、このシーレーンは機能不全に陥ります。仮にシーレーンが封鎖されると、貿易面では物資の値上げの可能性が高まり、エネルギー問題においても、中東からの石油運搬航路に影響が大きく、場合によっては価格が一気に高騰する恐れがあります。
日本のエネルギー備蓄は原油で約200日分ありますが、原油だけでは人間の生活は成り立ちません。食料を含め、さまざまな生活必需品を輸入に頼っている日本にとって、物資の輸入に支障が出ることは国民生活に大きな打撃を与えます。
半導体供給チェーンの寸断:自動車産業が停止する可能性
台湾は世界の半導体製造の中心地であり、TSMCは「ファウンドリー(受託製造)市場」で圧倒的なシェアを持っています。2025年2Qではファウンドリー市場全体の70.2%のシェアを占めており、特に最先端ロジック半導体では75%以上のシェアを持つと見積もられています。スマートフォンやAI向けに限れば、TSMCの供給依存度は90%以上に達する分野もあります。
米国が必要とする先端半導体の90%は台湾から輸入しており、前米商務長官ジーナ・レモンド氏は2024年に「もし中国が台湾に侵攻しTSMCを掌握すれば、米国にとって壊滅的な事態となる」と発言しました。
日本も例外ではありません。台湾全体で世界の半導体ファウンドリ市場の約67%を占め、その中心がTSMCです。TSMCの半導体チップが日本に入らなくなれば、日本の自動車産業は相当な打撃を受けます。半導体の供給が止まるということは、それだけで日本経済に大きな影響を与えるわけです。その影響は日本だけに止まらず、米国を含めた世界各国に及ぶことになるでしょう。
サプライチェーン崩壊:10倍の経済的波及効果
日本企業のサプライチェーンは、中国からの素材や部品や台湾からの半導体の輸入に大きく依存しています。日本への電機電子製品の輸入において、中国のシェアは現在約45%。自動車部品の輸入においても中国のシェアは近年むしろ上昇傾向にあり、40%を超えています。
このように基幹産業が中台に大きく依存した状態で、素材や部品の輸入が途絶すれば、その経済的損失は輸入額だけには収まりません。下流の企業の生産も滞り、その影響はサプライチェーンを通じて波及して増幅されます。専門家の試算では、輸入ストップの影響はその10倍の付加価値生産が喪失するとされています。
中国による台湾の封鎖や臨検だけでも、物流や経済に深刻な影響をもたらします。たとえ「嫌がらせレベル」の臨検であっても、船舶運航会社の75%が中国の指示に従うため、台湾経済への打撃にとどまらず、日本や東南アジア、さらには太平洋航路を通じて世界経済にも深刻な影響を与えかねないのです。
観光業への波及効果:中国人旅行者の減少
高市首相の発言をきっかけに、中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけました。官製キャンセルにより中国大手旅行会社の一部は日本ツアー商品の販売停止に動き始め、すでに中国人団体客の予約キャンセルも出始めています。中国発日本行きの46路線が2週間で運休となる報道もあります。
ただし、この状況を「観光再設計の好機」と捉える声も日本国内には存在します。北海道の事業者は「団体よりも体験型観光に力を入れたい」と意欲を見せ、沖縄でも「過密状態が緩和されれば、環境負荷の軽減につながる」と歓迎の意見が出ています。中国からの団体旅行は近年「節約型旅行」が増加し、客単価の下落も深刻になっていたため、今回の渡航自粛は、観光地の課題解決に向けた「時間を確保する効果」を生んでいるという見方もあるのです。
2027年問題と台湾有事シナリオ:日本が準備すべきこと

2027年:中国軍の「台湾統一能力」達成目標年
多くの専門家が注目しているのが「2027年問題」です。中国人民解放軍は、習近平国家主席の命を受け、2027年までに台湾侵攻能力を整備することを目標としています。習近平は中国共産党創設100周年の節目である2027年までに実績づくりのため台湾統一に踏み切る可能性が指摘されています。
ただし、台湾侵攻は中国にとっても極めて高いリスクを伴います。台湾本島に上陸し、占領するという本格的な侵攻は非常に大規模な兵力が必要で、実行のハードルが高いのです。そのため、中国が採用する可能性が高いのは「海上封鎖」シナリオです。
台湾有事の3つのシナリオと日本への影響
日本は、台湾有事に対して3つのシナリオを想定し、それぞれに備える必要があります。
シナリオ1:限定的グレーゾーン作戦
中国が台湾に対して臨検や部分的な海上封鎖を実施するが、全面戦争には至らないシナリオです。この場合、日本のシーレーンへの影響は限定的ですが、台湾からの半導体供給が滞り、日本の製造業に打撃を与えます。日本としては、半導体の供給源多角化(JASM、Rapidusなど)を急ぎ、ドローンの国産化や防空弾薬の備蓄強化を進める必要があります。
シナリオ2:海上封鎖エスカレーション
中国が台湾への完全な海上封鎖を実施し、米軍が介入するシナリオです。具体的には、中国海警局と人民武装力量海上民兵を台湾周辺に展開させ、台湾行きの船舶を阻止します。中国は「これは国内の法執行問題だ」と主張しながら、数隻の船舶を乗っ取り押収し、台湾への商業航路が遮断されます。
台湾は海上貿易に極度に依存しており、主要6港湾はすべて台湾海峡がある西側に集中しています。LNGの備蓄は約8日分(2027年までに14日間に拡大計画)しかありません。中国海警局が高雄沖に10隻以上を展開し、接続水域で法執行活動を行えば、船舶運航会社の75%が中国の指示に従い、約7日間の作戦でも一定の効果が見込まれると試算されています。
このシナリオでは、日本のシーレーンは深刻な影響を受け、在日米軍基地が中国軍の攻撃対象となる可能性があります。日本は「存立危機事態」として集団的自衛権を行使する可能性があり、自衛隊が中国軍と交戦する事態も想定されます。
シナリオ3:全面軍事侵攻
中国が台湾への全面的な軍事侵攻を決行するシナリオです。このシナリオは中国にとって最もリスクが高く、可能性は低いとされていますが、もし実行されれば日本は確実に巻き込まれます。台湾侵攻に米軍が介入する場合、その出撃拠点は日本の沖縄本島になると想定されるため、中国軍による在沖縄米軍基地への攻撃は避けられません。
日本が今すべき戦略的対策
日本が取るべき現実的な戦略は、「現実主義」と「リスク分散」を軸にしたものです。具体的には以下の対策が求められます
1. サプライチェーンの複線化
中国と台湾への過度な依存を減らし、ASEAN諸国やインドなど「フレンドショアリング」を推進する必要があります。特に半導体、ドローン、防空弾薬の国産化と備蓄拡充が急務です。このため、JASM(日本とTSMCの合弁)やRapidusなどの国産化施策を加速する必要があります。
2. エネルギー安全保障の強化
LNG備蓄の拡充(現在約19日分)と原子力発電の再稼働を検討することが重要です。シーレーンの多様化(インドネシアなど東南アジア諸国との関係強化)も同様に重要です。シーレーン依存度を99.5%も持つ日本にとって、複数の輸送ルートの確保が不可欠です。
3. 防衛力の強化
南西諸島(与那国島、石垣島など)の防衛力強化と、台湾海峡の監視能力向上が必要です。与那国島は台湾本島よりも台湾に近い位置(約110km)に位置しており、台湾有事時の前線基地となる可能性があります。2016年に解説された陸上自衛隊与那国駐屯地の機能拡充も検討されています。
4. 外交努力の継続
台湾海峡の平和と安定が「国際社会における共通認識、ならびに共通利益」であることを国際社会に訴え続けることが重要です。日米同盟を基軸としつつ、オーストラリア、インド、ASEAN諸国との多国間協力を強化する必要があります。
5. 経済安全保障の確立
中国との経済依存を段階的に引き下げ、台湾有事に際して日本が独立した戦略行動が可能な状態を作ることが重要です。ただし、急激な「デカップリング」は日本経済にも打撃を与えるため、「デリスキング」(リスク低減)の視点で段階的に進める必要があります。
台湾の自己防衛戦略と限界
TSMCという「戦略資産」:シリコンの盾

台湾には「シリコンの盾」という概念があります。世界の最先端チップの大多数を製造する台湾の戦略的価値こそが、中国の侵攻を防ぐという考え方です。実際、TSMCは世界最大のファウンドリー企業であり、最先端ロジック半導体では75%以上のシェアを持つと見積もられています。ファウンドリー市場全体では2025年2Qで70.2%のシェアを占めており、スマートフォンやAI向けに限れば90%以上のシェアを持つ分野も多いと言われています。
米国が必要とする先端半導体の90%は台湾から輸入しており、前米商務長官ジーナ・レモンド氏は2024年に「もし中国が台湾に侵攻しTSMCを掌握すれば、米国にとって壊滅的な事態となる」と発言しました。この発言は、台湾の半導体産業がいかに世界経済にとって不可欠かを物語っています。
「シリコンの盾」の限界
しかし、この「シリコンの盾」には限界があると専門家は指摘しています。まず、TSMCの海外進出が進んでいます。TSMCは米国アリゾナ州や日本の熊本県に工場を建設しており、台湾への生産集中度が徐々に低下しています。また、中国政府は半導体の自給体制を整えつつあり、国内企業は台湾製を含む外国製チップへの依存を段階的に減らしています。
さらに、中国が台湾を侵攻した場合、TSMCの工場が無傷で残る保証はありません。戦闘による物理的破壊や、台湾側が「焦土戦術」としてTSMCの設備を破壊する可能性もあります。その場合、「シリコンの盾」は機能せず、むしろ世界経済を道連れにするだけです。
台湾自身の「脱・中国依存」戦略
興味深いことに、台湾自身も「脱・中国依存」を進めています。台湾経済の中国離れが加速しており、対外投資に占める中国向けの比率は、2019年の38%から2024年1-10月には8%にまで低下しました。輸出に占める中国・香港向けの比率も、2020年の44%から31%(2024年1-10月)と大きく低下しています。
台湾の対中投資は2010年に146億米ドル(同年の対外投資額の84%)のピークに達した後、減少に転じました。2010年代後半に激化した米中経済対立は、台湾企業の中国離れに拍車をかけました。台湾企業は、中国のみに依存していた生産拠点を、ベトナム、タイ、マレーシアなどのASEAN諸国や、インド、メキシコなどに分散させています。
ただし、台湾は依然として貿易依存度が91%(2020年)と極めて高く、小規模な開放経済として外部からの影響を強く受けます。台湾の経済安全保障は、グローバルサプライチェーンの安定性に大きく依存しており、台湾有事は台湾経済だけでなく、世界経済全体を揺るがす可能性があるのです。
おわりに:台湾海峡の平和は日本の平和

中国の台湾周辺での軍事演習は、単なる軍事的誇示ではなく、地政学的、経済的、心理的な多層戦略の一環です。「アナコンダ戦略」として徐々に台湾を締め上げ、「グレーゾーン戦術」で国際社会の介入を難しくし、「海上封鎖」によって全面戦争を避けながら台湾を屈服させる——これが中国の描くシナリオです。
この問題は、決して他人事ではありません。日本の国際貿易が重量ベースで99.5~99.6%を海上輸送に依存していること、日本の製造業を支える半導体供給が台湾企業に大きく依存していること、日本企業のサプライチェーンの中核を担う中国と台湾——これらすべてが、台湾有事によって深刻な打撃を受けます。さらに、在日米軍基地が攻撃対象となり、日本が「存立危機事態」として集団的自衛権を行使する可能性もあります。
歴史を振り返れば、1995-96年の台湾海峡危機では、中国の軍事演習に対して米国が空母を展開し、危機は回避されました。しかし30年後の今、中国の軍事力は当時とは比較にならないほど強大になっています。中国の海軍は世界最大の艦艇数を誇り、ロケット軍は精密な中距離弾道ミサイルを大量に保有し、空母「遼寧」「山東」などを就航させています。
一方で、米国の覇権は相対的に低下しており、トランプ政権の「取引的外交政策」は台湾防衛へのコミットメントに疑問符をつけています。日本は、米国に依存するだけでなく、独自の判断と行動能力を持つ必要があります。
私たち一人ひとりができることは何でしょうか。まず、この問題への関心を持ち続けることです。台湾海峡の平和と安定は、日本の平和と繁栄に直結しています。そして、政府に対して、サプライチェーンの複線化、エネルギー安全保障の強化、防衛力の整備、外交努力の継続を求めていくことです。
観光業や製造業など、中国や台湾と関わりの深いビジネスに従事する方々は、台湾有事のリスクシナリオを想定したBCP(事業継続計画)の策定を急ぐ必要があります。企業としても、サプライチェーンの複線化や、駐在員の配置見直しなど、具体的な対策を講じるべき時期に来ています。
台湾海峡の平和と安定は、台湾だけの問題ではなく、日本、そして世界全体の問題です。中国の軍事演習が「正義使命」と名付けられているのは皮肉ですが、本当の「正義」は、力による一方的な現状変更ではなく、対話と外交による平和的解決です。私たちは、この原則を支持し、台湾海峡の平和を守るために、できることから始めましょう。
参考ニュース・主要参考文献
元記事
中国外務省報道官 台湾周辺での軍事演習について「国家主権を守る行動」と正当化(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
第一列島線:日本南西諸島・台湾・フィリピンなどを結ぶ、米中が意識する西太平洋の軍事ライン。
第二列島線:小笠原諸島からグアム、マリアナ諸島方面へ続く、第一列島線の外側にある防衛ライン。
絶対国防圏:ある国が「ここだけは何としてでも守る」と位置づける最重要防衛エリアのこと。
グレーゾーン事態:宣戦布告や本格戦争ではないが、主権侵害や圧力がじわじわ続く中途半端な緊張状態。
アナコンダ戦略:蛇が獲物を締め付けるように、軍事演習や封鎖で相手国を段階的に締め上げる戦略。
シーレーン:原油や物資を運ぶために商船が通る主要な海上交通路のこと。
シリコンの盾:半導体産業への世界の依存度が高いことで、軍事侵攻への抑止力になるという考え方。
