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aoneko
スクランブル・ガール
目玉焼きになれると、思っていたんです。
評価されるように、ちゃんと“おいしく”なれるように。
混ぜられて、焼かれて、飾られて。
それでも、輪郭だけは残したかった。
食べられることが正しさだって、
ずっと、思い込んでいました。
わたしは
目玉焼きになれると
思っていた
「じゅう……」
火に乗せられた時は
まだ そう 思っていた
かわいくなったねって
言われるように
きみの“おいしさ”に
応えようとしていた
けど
気づけば
ぐるぐる
泡立てられていた
「かりっ…」
焼かれた端が 焦げた
香ばしさにまぎれて
輪郭が 崩れた
混ぜられたのに
まざりきれなかった
「とろ〜り」
のばされて
裂かれて
冷蔵庫の奥に
もどされた
わたしの中で
バターが泣いた
チーズが くすんだ
ケチャップが
わたしを飾ったふりして
味をごまかした
パセリがふられて
“できあがり”
けど
わたしは
目玉焼きになりたかった
ただ そう 思っていた
読後メッセージ
「かわいくなったね」って、褒められたかった。
焦げても、混ざりきれなくても、
飾りつけされれば“いい感じ”に見える気がして。
誰かに食べられる前提で
わたしは“わたし”をつくってきたんだと思います。
でもほんとは、
ちゃんと形のあるまま、
誰にも崩されずに焼かれたかった。
「スクランブル」は、“混ぜる”じゃなくて
「混ぜられる」のほうだったことに、
焼かれてから気づきました。
