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蛇のヒュギエイア、医療の神アスクレピオスの娘像発見

2021年10月29日、キュタヒヤ県西部の古代都市アイザノイで行われた発掘調査で、神話上の愛と美の女神アフロディーテと、ワインの神ディオニュソスの像の頭部が発見された。


デュオニュソス
アプロディーテー

2021年8月、トルコ西部キュタイハ県アイザノイの古代都市ゼウス神殿周辺の最近の発掘調査により、紀元前3000年まで遡る都市の複数の居住層の存在が明らかになった。

女神ヒュギエイアの像

トルコの古代都市ラオディキアで発掘された、ギリシャ神話の健康の女神「ヒュギエイア」の約2100年前の像です。
像の頭部は分離して見つかりましたが、後に胴体部分と結合されました。

ヒュギエイアは、医療の神アスクレピオスの娘であり、蛇を従えた姿で描かれることが多いです。
ヒュギエイアの彫像は左手の杯から水を飲む蛇を支える。


ヒュギエイアの杯

アスクレピオスは、アポロンと人間コロニスの息子。ケンタウロスのケイロンに育てられ、医術を習得したという。

アスクレピオスの杖

クスシヘビ
  •  1匹の蛇が巻き付いた「アスクレピオスの杖」蛇(クスシヘビ)の巻きついた杖。

  • [クスシヘビの背面には2対の暗い斑点が尾まで並び、縞模様を構成している。頭部にも明瞭な暗い斑点があり、1つは後頭部にあり馬蹄形、もう1つは第4-5上唇板から眼、そして後方へと繋がっている。]

  • アスクレピオスの持つ杖や、ヘルメス神の持物ケーリュケイオン(カドゥケウス)における二重の蛇の螺旋は、いずれも超自然的な力を示す。

  • アスクレーピオスは、アポローンによってケンタウロス族のケイローンのもとで養育されて医術を授けられ、死人さえ生き返らせるほどの名医になった。アスクレーピオスは女神アテーナーが授けたゴルゴーンの血により死人を蘇生させたともいうが、ゼウスは人間をよみがえらすことは天地の秩序を覆すものとしてアスクレーピオスを雷で撃ち殺した。そしてアスクレーピオスは医神として星(へびつかい座〈蛇遣座、Ophiuchus〉)になったとされる。

  • 黄道十二星座には含まれていないが、その領域内を黄道が通過している。現代の中国では蛇夫座

『世界大百科事典』の「ケーリュケイオン(カドゥケウス)」の項目では、「ギリシアの医神アスクレピオスは大地的治癒力を伝える蛇のからんだ杖を持っていた」と書かれている。最も有名なカドゥケウスはヘルメースの杖とされており、カドゥケウスは杖に翼が付いている。
アスクレピオスは旅の途中や病人を見舞う際に、常に杖に巻き付いた蛇を携えていたと伝わる
しかし、アスクレピオス信仰が文献に記されるよりも何世紀も前に、杖にからんだ蛇が関わる治癒の記録が残されている。このシンボルの起源は、旧約聖書の「民数記」(4 モーゼの書)に登場する青銅の蛇である可能性も考えられる。
火葬の薪の中から赤ん坊を救い出したのはアポロンではなくヘルメスだった。
この話はデュオニュソスと同じ構図である。
この逸話は私にとって非常に興味深い。なぜなら、アスクレピオスは私にとってヘルメス的な人物に思えるからだ。ヘルメスは杖を手に地上を歩き、「手と魔法の言葉による治療」をした。
アスクレピオスにとって神聖な動物は 3 種類あり、蛇、雄鶏、そして犬である。
雄鶏は、ヘルメスと同様に、動物として存在の本質的な二元性と結びついており、陰と陽、闇と光、昼と夜をまたいでいる。夜明けに鳴き声をあげて目覚める。雄鶏は日の出を告げ、アスクレピオスもまた、太陽神であるアポロンから神聖を受け継いだ。

へびつかい座

アスクレーピオスの聖域中心部
7.ヒュギエイア神殿(ローマ時代)
12.アルテミス神殿(紀元前4世紀後半)
14.アポローンの祭壇(紀元前6世紀ごろ) 
16.アスクレーピオス神殿(紀元前375-前370年
23.聖なる井戸(紀元前6世紀ごろ)
29.テミス神殿(紀元前4世紀後半ごろ)


アスクレーピオス神殿
碑文によれば神殿の完成に4年余りを要した。神殿に祀られた祭神像は、玉座に腰掛けて杖を持ち、片手をアスクレーピオスを象徴するヘビの頭上にかざした黄金象牙像で、足元に一頭のイヌがうずくまるように配置され、玉座にはアルゴスの半神らの意匠が施されていた。

ミケーネ時代にはキュノルティオン山の北斜面に聖域が形成された。その後、聖域は紀元前7世紀後半から紀元前6世紀に発展した。古典期の神殿の下層からは紀元前550年ごろの神殿の遺構が確認されている。
紀元前6世紀のうちに近隣の低地に設営された聖域が、アスクレーピオスの聖域になったといわれる。当初崇拝された地元の半神マレアタスアポローンと習合してアポローン・マレアタスとなり、アポローンの子アスクレーピオスと同一視されるようになっていた。アポローン・マレアタスの聖域からは医療用の器具の遺物も発見されている。
。そして紀元前5世紀には、エピダウロスの祭神アスクレーピオスによる治癒信仰が全ギリシア世界へと広がっていった。なかでも紀元前420年ごろのアテーナイの疫禍の際にアクロポリスアスクレピエイオンが分祀されたほか、紀元前4世紀ごろにペルガモン、それに紀元前293-前291年ローマの疫禍の際にはティベリーナ島に分祀された。

アバトンが構築された東南端には、紀元前6世紀より深さ17メートル (56 ft) の井戸(聖なる井戸)があって、その水は病を治す力があるとされていた。



紀元前4世紀(前340-330年)に座席数6000席の劇場が建設された後、紀元前2世紀に現在の座席55列拡張された。このエピダウロスの劇場は優れた音響においても知られる。

エジプトの神々の聖所

エジプトの神々すなわちオシーリスイーシスとも同一視されたアスクレーピオス(アスクレーピオス・アイギュプティオス)と女神ヒュギエイア(アスクレーピオスの娘〈妻〉、それにアポローン(アポローン・アイギュプティオス)の3神を祀った。
地元の伝承によれば、エピダウロスがアスクレーピオス生誕の地であるといわれる。プレギュアースが娘を伴いペロポネーソスに来た際、アポローンの子を宿していたコローニスが、エピダウロス領内でひそかに子を出産し山に捨てた。その山はアスクレーピオスの聖域の北東にあるティッティオン山(乳房の山]〈ティトティオンは「乳首」の意〉)といわれ、捨てられた子は、放牧されていた1頭の牝ヤギに授乳され、1頭の牧畜犬に見守られた。そして牧人が見つけた子は後光に輝いていたという。
アスクレピエイオンにおける紀元前350年ごろの碑文によれば、神癒嘆願者である患者はエンコイメシスによる眠りの儀式や状態に導かれ、さまざまな治療が行われた。天井にケシの花が彫られていたことから睡眠の導入にはアヘンが用いられていたことが示唆される[




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